〜 Ankoya's 〜
カクジツ ( 隔日 ) 日記
「おまはん、よう来てくんさったなも、わっちは、どえりゃあこと嬉しいでかんわ。
あんばよう、してくんせえよ、えか。」
これを、標準語 ( たぶん ! ? ) でいうと・・・
「あなた、ようこそいらしてくださいました。私『あんこや』は、たいへん嬉しく存じます。
無事に、お元気で、お暮らしくださいませ。」
2000 年 11 月 10 日
■ ♪ ほんだら節 ♪
『クレイジーキャッツ』の ♪ ほんだら節 ♪ をご存知でしょうか ?
完全には覚えていませんが、こういう歌詞です・・・・・・
「 あれをやっても ホォンダラッタホイホイ
これをやっても ホンダラッタホイホイ
何をやぁっても ホォンダラッタホイホイ (どうせこの世は ホンダラッタホイホイ)
だからやらずに ホォンダラッタホーイホイッ ! 」
これを『青島幸男』風に“刹那的世評”で捉えずに、
『あんこや』風 “ Chirist・Mode ” で勝手に解釈していて、この曲が大好きです。
「 人として、自分ひとりで“もがき苦しんでも始まらない”よ !
やっても、やっても・・・セツナイヨ。
まるで、『ユダ』のように自分で自分を決着つけるつもりなの ?
よしなよ、神様にゆだねてごらんよ。 君は ! 」 と聞こえます。
緊急事態発生です。すみません、ついにページソフトがパンクです。
この下のどこかで“尻切れトンボ”になっている筈です。
次回は新ページでお送りします。
■ 『いっこく堂』の思い出・・・
今は有名な“ヴォイス・イリュージョニスト”の≪いっこく堂≫こと『玉城一石』さんと、
なんと私は昔にすれ違っていました。
1989年のことです。ある地域で地域住民・社会・労働・人権運動に取り組んでいたときに、
それまで、私たちのグループは民族歌舞団『わらび座』を招聘していたのですが、
一致して「ちょっと違う取組みがしてみたい。」旨で一致して・・・・・・
「劇団『民芸』の“宇野重吉一座”が観たい。」という意見でまとまり、話を進めました。
ところが、劇団事務局から、すぐに「宇野さんのガンの状態が芳しくなく、もう新しい日程を
組むことは不可能であり、別の役者、別の演目でお願いしたい。」と言われ、再考して
『滝沢修』で“炎の人・ゴッホ伝”(何故か?“セールスマンの死”ではない。)をお願いしました。
しかし、これもまた、『滝沢』さんの高齢を理由に断わられました。
仕方なく、劇団の勧める作品にすることとなりました。
(値引き交渉もガンガンにやりました。当初予算から60万円削って当時180万円でした。)
作品は、“イルクーツク物語”でした。主演は『奈良岡朋子』で、サブが『伊藤孝雄』でした。
そして、この一座の裏方で、今をときめく『いっこく堂』こと“玉城一石”さんがおられました。
同い年なんで、“玉城一石”さんがいました。に訂正 ! ?
『あんこ記憶』からは、スッカリ抜け落ちていました。
何度もテレビで観ているうちに・・・先日、“はっ”と思い出しました。
しかし、残っている記憶は・・・ふたつだけ
@ 主役の『奈良岡』さん演ずる“ワーリャ”がタバコを吸うシーンがあるために私は消防署に
対応していました。そして、当日の消防検査の立会いがあり、そのときに劇団側の人が
『いっこく堂』こと“玉城一石”でした。
A 公演後の打ち上げで、『田中邦衛』とかの、モノマネをしていたのが、彼でした。
たったそれだけの記憶です。
まさか
2000 年 11 月 8 日
■ カワイ子ちゃんたち・・・

上が、我が『北方キリスト教会』の“招きネコ”アメリカンショートヘアの雑種『ゆき』ちゃんです。
下が、うちの『大納言 ( ダイナ )』の本日の様子です。
『あんこ師匠』の仕込みがいいから、バッチリ“カメラ目線”でしょ ! !
■ 先日の『北方キリスト教会』での、説教奉仕をしていただいた
『鳥羽季義』先生の写真があがりました。

先生は、11月15日の『東京大聖書展』で、“聖書翻訳”について講演予定です。
どうですか ? 素晴らしい“笑顔”で説教されておられますでしょ !
2000 年 11 月 6 日
■ このコーナー制御不可 ! ? ・・・・・・
≪隔日日記≫を続けている現在において、
遂に古い日記を修正・削除できなくなってしまいました。
ソフトの容量を超越して、プロバイダに送り続けてしまったために、
『わしゃあ、止まると死ぬんじゃあぁぁぁ。』 by 間寛平さん。状態に突入してしまいました。
この先、続けてはいきますが、突然 ! 何か不測の事態が発生して、消えてしまうかも ?
■ 『北方キリスト教会』近況・・・
昨日、ウイクリフという“聖書翻訳団体”からネパール派遣され、長年活動されておられる、
『鳥羽季義』先生が、説教台に立たれました。(15日の『東京大聖書展』で、講演予定です。)
その中から・・・・・・
1. 日本のクリスチャンも、普段の生活において、【讃美】を口ずさんで生活すれば、
福音は、もっともっと広がるでしょう。・・・・・・という旨に“ピーン”ときました。
2. 「外国の宗教を信じているのでしょう ? 」と未信者のお知り合いなどから質問される時に、
ある宣教師は、「朝陽を眺めて、“アメリカの太陽”が昇ってきた。
夕陽が沈むのをみて、“中国の太陽”が沈む。と表現しますか ?
キリスト教とは、そう言う“唯一の太陽”のようなものなんですよ。」と
語られていました。・・・・・・感心しきりの『あんこや』でありました。
☆ ★ ☆ ★ 『北方キリスト教会』では、新しい試みをはじめました。 ★ ☆ ★ ☆

どうぞ、みなさん ! ご利用ください。
申し込みアドレスは kitagata@ezg.ido.ne.jp まで
2000 年 11 月 4 日
■ ご案内・・・ふたつ
以前にも記したことがあります。
『あんこや』のモータースポーツ、カメラ、キリスト教の師匠と
ネットを通じて再会を果たすことができました。
当掲示板において、親しくさせていただいております『やす吉』さんが
『ビル師』のお店サイトを、偶然発見されてお教えいただいて再会の運びとなりました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。クリックして芸術に触れ合ってみてください。
また、東京・上野にありますので、ご近所にゆかれましたら、お立ちよりください。
ついでに下記の“ビル調ジャズMAIL”もお楽しみください。

下には、今月の『北方キリスト教会』の礼拝案内を沿えておきました。
今度の日曜日の 『 鳥羽 』 先生は“ネパール宣教”のお話が聴けます。
都合のつく方は、いらしてください。歓迎いたします。
2000 年 11 月 2 日
■ すすめ ! ≪職人≫が尊ばれる時代へ ! !
日本人は明治時代に入ってから【経済最優先】に力を集中してきたために、
≪職人 ( 広義で、[農・漁業]も含む≫を大切にしてきませんでした。
以下の観点からもそのことが推論可能かと思われます。
ドイツ人は特別に『マイスター』と職人のことを呼びます。
スイス・オーストリアの国民気質とともに【クラフトマンシップ】を重んじて大切にしています。
日本の【元クラフトマン】たちが、経済優先するがために、
賃金の安い国で粗悪な製品を作っている状況とはかなり違います。
あくまで、『オリジナルメイド』にこだわりを持っています。
フランス人は【レジオンドヌール】という最高の名誉称号を、
≪職人≫も含めて、すべての国民に授与されます。
英国も同じで、≪職人≫も、至極当然に『ナイト ( 騎士 ) ・サー』の称号が与えられます。
それと比較して、わが国はどうでしょうか ?
毎年、春秋に叙勲があります。
≪職人≫は、“勲七等〜勲四等”までしか与えられません。
“勲一等・勲二等”などは、[三権の上位役職経験者]ですし、
その下に経済界の貢献者です。
このことは、国策として≪職人 ( 農漁含)≫を大切にしてこなかった証しと言えるでしょう ?
「土地を遊ばせ、コメを作らない農民」とか、
「実際は漁をしていないのに、組合員登録だけしてあって、原発や空港建設などの
[補償額交渉]の金額を吊り上げるときだけ出てくる漁民」などと批判を受けることが
多いのですが・・・・・・
『国策が産んできた“ツケ”』がその状況を生んだことを忘れてはならないと思います。
また、≪職人≫を『○×の匠』とか持ち上げておいて、
町(村)おこしや、商売に利用するだけ利用しておいて、
その職人さんたちが、それまで培ってきた暮らしのペースを散散に崩しておいて、
期待しただけの利益が上がらないと、その“職人さんたちのせい”にして、
その暮らしが立ちゆかなくなってしまうようにして、平気で放り出す[ヒドイ国・ニッポン ! !]
≪板前・料理人≫の世界も同じ状況です。
バブルの時代に『達人・鉄人』と持ち上げておいて、
「不景気だから・・・・・・。」と、そっぽを向いて大半の店が閉店している、わが岐阜・柳ケ瀬。
そして、『長良川鵜飼い』が低迷している最中に観光客誘致の対策を無視して、
岐阜県・市が、音頭をとって『ルネッサンス・ホテル』などという立派なものを建ててしまい、
今は、その資本(名鉄・近鉄)が手を引こうとしている現状。
そして、隣接する長良川河畔の旅館街では・・・
老舗の『長良館』が5年前に・・・
近鉄資本の『長良川ホテル・本館』が、おととい10月末日に閉鎖・・・倒産 ! ! している状況。
このことによって岐阜の≪料理人界≫が立ちゆかなくなっています。
『あんこや』の尊敬する沢山の料理人が全国へ散ってゆき・・・
もしくは、廃業して、違う職業へと変わってしまっています。とっても寂しい限りです。
『あんこや』は知っています。
例えば、前述の『長良川ホテル』では、バブル直後に、
“だし”をとるのに、[昆布]⇒[かつお]と順にとらなければダメなことは当然なのに、
ここでも、経済優先のために、“だしパック”を使うようになったことを ! !
そんな、私のような“シロウト”でもわかるようなことを平気でしてしまう異常さに・・・もう・・・
経営者側から言うと、それは難しいこともあることはよくわかります。
例えば、最低3万円 / 一人 の料亭が、7000円のランチや宴会をしなければならない
事実があります。
しかし、しかし・・・お先真っ暗で閉塞状態に見えますが、一筋の光明が射しています !
それは、子供たちです。
今、男子児童に「将来なりたい職業は何 ? 」と訊ねると・・・・・・
第一位に『大工さん』と挙げている点です。
ひょっとすると、大人たちよりも、子供たちのほうが
“先を見通す【常識的】な力”が備わっているのかも知れませんね !
キリスト教も“天主教”と呼ばれていた時代から、
正に≪職人≫同様、持ち上げては落とされます。
「ほーう、宗教やっておみえですかぁ。」と、よく嘲笑気味に言われます。
<宗教法人>の名を利用して新興宗教や神主や仏教の僧侶たちが当たり前に
“金に走る”状況で侮蔑を込めた市民権を得ているために、
牧師・神父も同じ扱いを受けています。
また、牧師やキリスト教会が入居しようとすると『オウムや法の華』などの事件から
付近住民に「宗教がやってくる。」と反対運動が起こります。
また、当然そういう気持ちが湧いてくることも、
理解できることをリアルに受け止めなければなりません。
さあ、日本人の新しい方向性を神様はどのように指導されるのでしょうか ? ? ?
「良い方向へ・・・。」と祈りつつ・・・・・・
また、“困難であればあるほどに〔ウハウハ〕してくる”未来を期待している『あんこや』です。
2000 年 10 月 31 日
■ 紀州藩 『和歌山城』・・・・・・
“暴れん坊将軍”でお馴染みの『徳川吉宗』の生まれ育った土地です。
大阪に近いし、海に面しています。
われわれ中部地方の人間は、『和歌山』と聞くと、ついつい『南紀白浜』や『南紀勝浦』辺りを
思い浮かべてしまいます。
県都『和歌山市』は、ほんとに大阪のすぐ南で便利なところです。
お城の規模は、石高から言って、比較的小規模なものですが、普請はしっかりしています。
日本人がイメージする“お城”そのものです。

お城の下の公園は、動物園になっています。
味は、やっぱり魚がおいしい土地です。
オススメのお店は、市内中心街にある 『 千里十里 ( ちりとり ) 』 が、
安くて、仕込みがしっかりしていて、おいしいです。
ここの魚は、全部が“いい線いっている”感じで、どれも、おいしいです。
“仕入れの目が効く”のでしょうね !
※ すみません。
本日は、ちょっと“硝子体出血”しているようで、目が見難いので、これで終ります。
2000 年 10 月 29 日
■ すばらしい“スタンツ”・・・
今年の『フォーミュラ・ニッポン』シリーズチャンピイオンの『高木虎之介』選手が
育ての親である『中嶋悟』監督とスポンサー PIAA の山本社長の下を離れて、
レース活動の場を移すことと決まりました。
これは、2001年の彼の活動の“噂”を裏付けてしまいました。
ほぼ間違いなく、『トヨタ』のバックアップを受けて、来年はアメリカの
『 CART ・ Championship 』 に戦いの場が開かれたことになります。
でも、彼の目標はあくまで、「< Fー 1 >復帰 ! 」であるので、
このことは、あくまで、通過点に過ぎません。
2002年に『トヨタ』は< Fー 1 >参戦するので、是非、彼に復帰していただきたいです。
ずっと『ホンダ』に支えられてきた『中嶋悟』監督は、涙をのんで、彼を放出したでしょう。
心中察すると、涙がとまりません。
また、山本社長も、すばらしい理解を示されて、よく決断されたものと思います。
この 『 PIAA・Nakajima Racing 』 のすばらしい“スタンツ”と愛情には驚くばかりです。
自分たちの利益よりも、『高木虎之介』選手の未来を優先してゆくことは、
レースの世界では、常識外のことです。いや、一般常識外のことでもあります。
私は、このお二人を一層、尊敬いたしました。
その尊敬の念をこめた画像です。

『 ティレル F 1 & 高木虎之介 』 ( 左上 )
『 フォーミュラ ・ ニッポン & 高木虎之介 』 ( 右上 )
『 PIAA 山本社長 』 ( 一番左 ) と 『 中嶋悟 監督 』
2000 年 10 月 27 日
■ 【葬 式】 について・・・・・・
以前に述べた“白血病で昇天された彼女”の葬儀は、仏教式で行われました。
昇天後、すぐに所属教会牧師(北方キリスト教会ではありません)が駆けつけて祈りをした
にもかかわらず、その牧師は彼女の葬式の司式を執る気持ちがまるでなかったために、
キリスト教式葬儀を行うことができませんでした。本人がクリスチャンであったにもかかわらず。
わたしは、棺の上に十字架と【聖書】の彼女の好きだった箇所“詩篇”を開き、置きました。
音楽も聖歌を流して、弔辞も、クリスチャンの友人にお願いしました。
でも、物足りなかったです。一参列者として並んでいる前述の牧師を見て余計に悲しかった。
自分なりに精一杯やっても虚しかったです。
とは言え、未信者のご両親や親戚の方々が、よく私の意見を聞き入れてくださり、
その点では、たいへん感謝でありました。
『あんこや』が今、所属する『日本福音キリスト教会連合』の“クリスチャン・ハンドブック”に
こうあります。
「 前夜式は、本来肉親や親しい者たちが集まって死者の証しの生涯を偲び、
また残された者たちのために祈る時としてもたれましたが、近年は葬式に出席できない
人々のための葬儀といった形がふえています。しかし、いわゆる [ お通夜 ] とは違います
ので、冗長にならないように、証しとなる在り方を保つように心掛けるべきです。
葬式は死者の属した教会の会堂において執行されるのが原則ですが、
会堂の収容能力など、やむを得ない場合は他に式場を求めます。
葬式の全てについて、クリスチャンが理解を深め、実際の場で牧師に協力することは、
周囲の人々に対するよい証しとなります。」
キリスト教式の葬式の、後日、未信者の出席者から、
「なんとも言えず、いい葬儀だった。」とか、
「“別れの場”ではなくて、“送り出す場”という雰囲気でよかった。」とも、
「自分も、ああいう風に送られたいなぁ。」などと感想を聞く機会が多いです。
みなさんも、機会がありましたら、キリスト教式の“送る場”に立ち会ってみてください。
2000 年 10 月 25 日
■ 情熱の国 “イスパニヤ” 『スペイン』・・・・・・
闘牛とフラメンコ、オートバイレースの国・・・・・・
『カタルーニャ』の誇りが今も息づく『バルセロナ』・・・
スペインの、ある自動車メーカーの方に従業員のことを伺ったら・・・
「わが社は、スペイン人3割、カタルーニャ人5割、外国人2割の従業員割合です。」
まぁ、見てください。味わってください。

いい雰囲気でしょう。。。。。。
どなたか、「 あれれっ? ? ? ? ? 」と思われましたか ?
実は、この画像は、三重県にあります『志摩スペイン村』です。
どぅも、すみません。ちょっと冗談キツイかなぁ ? とも思ったんですが、
まあ、ご勘弁・・・ご勘弁くだせぇましぃ〜、お代官さまぁ〜〜〜 ! !
切り取り方ひとつで、本当の『イスパニア風』になるものでしょう ?
それくらい、すばらしい施設であります。
特に、中下の“フラメンコ”は、よかったですよ。
不況で、倒産させては、もったいない所と思っています。
前述の自動車メーカーの人の話は、フランスでお聞きしたはなしです。
本当に『カタルーニャ』と区別しています。
アトラクションも乗り物もパレードもあります。一日しっかり遊べます。
2000年 10 月 23 日
■ さかな・・・・・・
♪ さかなさかな、さかなぁ〜 さかなを食べるとぉ〜
あたま、頭、あたまぁ〜 あたまぁがぁ良くなるぅ〜 ♪
みなさん、この曲を聴いたことはないでしょうか ?
魚販売業者の組合が、全国の魚屋さんに店頭で流すように促した曲です。
スーパーのおさかなコーナーなどでよく流れていました。
『あんこや』は、“さかな”が、見るのも、食べるのも大好きです。
大学時代、名古屋市中央卸売市場・北部市場の魚仲卸で、
<太物> ( まぐろ・かじき ) のアルバイトを3年半していましたので、食べるほうも・・・
水族館めぐりが、大好きなので、観察するほうも、共にちょっとだけ詳しいです。
まぐろ・かじきの分類・・・・・・
サバ科・マグロ・・・・・・ @ ミナミシンドマグロ
A キハダマグロ
B ビンチョウマグロ
C バチマグロ
D 本マグロ ( クロマグロ・メジマグロ )
『あんこ食評』・・・ @は、のトロ部分のピンク色は、きれいです。
Dのトロの味より“当たり”のときは、おいしい ! ! です。
Aは、中部地方で一般に食される種類です。
同じ魚でも、なぜか ? 巻き網漁船で水揚げされたものは
鮮度が、すぐに落ちていきます。
Bは、関東で一般的なタイプです。シーチキンの原料はこれが多い。
そういえば、冷凍のマグロで、“生マグロ”よりも、おいしいものが、沢山ありますから、
『あんこや』は、冷凍を高く評価しています。
カジキ・・・マカジキ科・・・ @ マカジキ
A クロカワカジキ
B シロカワカジキ
メカジキ科・・・・・・ メカジキ
海から遠い地域の人たちは、メカジキを、刺身でたべることが多いです。
また、我が岐阜などは、< 刺身 > といったらイコール“赤身 ( マグロ・カジキ ) ”です。
精々“はまち”までで、“白身”を一般的に食べません。また、味よりも色が優先で、
「赤ければ赤いほどいい。」傾向があります。さすが、“海のない県”でしょっ ! ?
☆ 一番好きな種類・・・
『リュウグウノツカイ』 ( 竜宮のつかい ) という種類をご存知でしょうか ?
たまぁに、人が潜れる水深まで上がってくることがある巨大“深海魚”です。
体長 5 メートル以上にもなる魚です。
テレビで、泳いでいる姿を観たことがありますが、“優雅”です。
『ジンベイザメ』や『イトマキエイ(マンタ)』とは違って、縦に長い上に、フレアが付いてます。
残念なことに、どこの水族館へ行ってもその“優雅に泳ぐ姿”は見ることができません。
しかし、静岡県・三保の松原にある『東海大学海洋博物館』に、“ツガイ”の標本があります。
私は、“天の羽衣”伝説の地に、『竜宮のつかい』があることにロマンを感じます。
2000 年 10 月 21 日
■ “あんこ”の共食い・・・・・・あんこの椀物について
この椀物は、関東と関西では、正反対に近いくらいちがいます。
関東 関西 形態
御 前 し る こ = お し る こ = こしあん
田 舎 し る こ = ぜ ん ざ い = 粒あん ( 小倉 )
ぜんざい = 亀 山 ( 京都 ) = あんこかけ
となります。
これですと、<ぜんざい>については、まったく正反対となってしまいす。
※ また<お餅>を使うときに、“焼餅”か ? “生切り餅”か ? の違いは、
関東でも、関西でも、より細かい区分があるようですので、一概には言えません。
ただし、我が中部地方では、この手の<ぜんざい>また、<お雑煮>の類には、
まったくといっていいほど<餅を焼く>ことはしません。
■ “赤い”・・・・・・
漢字で“赤”を表わす文字は、5種類あります。
< 赤・紅・朱・丹・緋 > です。3つ目までは一目瞭然です。
『 丹 』 と 『 緋 』 は、あまり“赤”の実感が湧きません。
名前の 『 丹羽 』 さんは、「赤い羽根さん」の意味です。
(“募金”やないで ! と、今、突っ込んだのは・・・あなたですね ! ? )
『 緋 』 は、主に和装品・着物に使われるようです。
鎧・兜の具足に、< 胴 > の“胸当て”部分に錦の織物を使っている場合、
『 緋 威 ( ひおどし ) 』 などと言います。
そういえば、 < ウ ニ > を漢字で書くと 『 雲 丹 』 となります。
読んで字の如く 「 雲のような形をした、赤いもの 」 ですよね。
ただし、外側を見て、この漢字を思いつく筈はありませんよね ?
ということは、< ウ ニ > を食するようになってから、
あてがわれたということが、わかります。
何か、面白いと思いませんか ?
( 「何を、しょぉもな ! 」と思われた方には、先に謝っておきます。「どうもすみませんです。」)
2000 年 10 月 19 日
きょうは、お知らせです。
今度の日曜日の、我が『岐阜・北方キリスト教会』主日礼拝は、ゲスト講師を迎え、
10時半より、特別伝道礼拝 〜 【主がともに歩んで下さる】 〜 が開催されます。
ご近所で、お目にとまった方は、おいでください。
講師は『愛知・刈谷キリスト教会』の≪中島棋宣 ( ひろのり )≫牧師です。
刈谷市に開拓伝道を開始されて、半年にも満たないにもかかわらず、
もはや既に、洗礼 ( バプテスマ ) を受けられた方がおられる !
たいへんに、神様の祝福に満ちた教会の牧師です。
■ 聖句をひとつ・・・
エレミヤ書 15章 11節
『 主は仰せられた。
「必ずわたしは、あなたを解き放って、
しあわせにする。
必ずわたしは、わざわいの時、苦難の時に、
敵があなたにとりなしを頼むようにする。 』
2000 年 10 月 17 日
本日、『あんこや口上』ページにて【ド・料理レシピ】をやっております。
2000 年 10 月 15 日
■ 『あんこや』は、古いヤツ・・・
残念なお知らせがあります。
『あんこや』は37歳ですが、小さい時から大人に囲まれて育ってきたために、
インプットされている情報は“団塊の世代”よりも、上です。
♪ トントン、トンカラリと となりぐみ〜 ♪ と歌っていたら・・・
同じ歳の人に「それって、♪ ド・ド・ドリフの大爆笑〜 ♪の替え歌なの ? 」と質問されて
しまって“絶句”しました。・・・替え歌が逆です。ドリフが後からの歌なの !
『三遊亭 円楽』司会で『桂 歌丸』・『林家 木久蔵』・『林家 こん平』らの出演の長寿番組
――― 『 笑 点 』 ――― は ――― 『三浦綾子』著 『 氷 点 』 ――― を
名前の由来にしていることを知っている同世代は殆どいません。
「 『氷点』って何 ? 」と聞く同級生までいました・・・
“唖然”喰らっちゃいました。
『あんこや』にとって“残念なお知らせ”でした。。。あたしゃ古いのよ〜〜っ ! !
■ “しみた”ことば・・・
社会運動をしていたときに、ある会議で八方塞りとなり、
座長であった私を批判して、どんなに時間をヤリクリしても期日までに実務が終らないにも
かかわらず、誰の協力も得られないことになってしまい、絶望していたときに、私の所属
していた労組のみんなが私を探して十数人も駆けつけてきてくれて、日ごろ事務処理など
とは縁遠い人たちが惜しみなく協力してくれたことがありました。
そのとき、みんなが異口同音に「俺たち、仲間だろ。」と言ってくれました。
わたしは“、ただ嗚咽”しているだけでした。
――― “俺たちは仲間” ―――
もっとも、病気が辛い3年半ほど前に、ゴスペル歌手の『 森 祐理 』さんのコンサートへ行き、
そこで彼女は私に「神様は、いつも、最善をしてくださる方なのよ。」と言葉をかけてくれました。
前年に<阪神大震災>で愛する弟さんを亡くしておられる彼女が、こう言われるのです。
真実、励まされましたし、勇気が湧いてきました。
――― “神様は、いつも最善” ―――
■ わたしは、まだ、いきている・・・・・・
以前に記した“白血病”の彼女は、もうこの世にいない。天国で会うのを楽しみにしいる。
我が 『 北方キリスト教会 』 で、2〜3年前まで牧師をはじめ、教会員の殆どは『あんこや』は
“もう永くはない”と思ってみていた。今、みんなに訊くと、みんなが頷く !
3年前に『あんこや』と同等に“もう永くはない”と思われていた『 M 兄弟 』が昇天した。
彼は理論水準の高い会話をする一流企業の研究者だった。
牧師が私をつれて彼の入院する病院へ見舞いにゆき、一度だけ、じっくり会話をした。
難病の“原発性肺高血圧症”という、<心肺同時移植>しか、助からない病気だった。
会話は病人らしい「私はいま、クスリを11種類使っています。」「そうですか ? 私はたったの
6種類です。」と答えるような会話である。
「山が好きで、健康になったら、八ヶ岳に登りたい。」と言っておられた。
きっと私が天国で彼の家へ訪ねたら“山へ行っています”と張り紙がしてあることでしょう。
彼も、白血病の彼女と同じように、自覚して“その時”を迎えました。
最後に、病室を出るときに、「もう、今回はダメです。」と牧師に告げて集中治療室へ入り
ました。そして、翌日でした・・・・・・。
それから3年が経過してこの“大罪人”『あんこや』は生きています。
これはもはや、“生きている”のではなく“生かされている”ことは、明らかです。
「誰から ? 」は明らかに【神様】であります。
「何のために ? 」の“使命感”が全然見えていませんでした。
でも、最近、皆さんとお付き合いさせていただくようになって“使命の輪郭”がみえてきました。
より一層、「この“上からの借り物の体・心・魂”を大切にせねば ! 」と自覚がわいてきました。
どうぞ、みなさん、今後とも、『あんこや』をよろしくお願いいたします。
また、みなさんも、皆さんの基準で“何か”ありましたら、いつでも、メールしてください。
一緒に、主に拠り頼みましょう。
2000 年 10 月 13 日
■ “主の祈り”・・・・・・
「 だから、こう祈りなさい。
『 天にいます私たちの父よ。
御名があがめられますように。
御国が来ますように。
みこころが天で行われるように地でもおこなわれますように。
私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
私たちの負いめをお赦しください。
私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。 』
( 国と力と栄とは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。)
―――――― マタイの福音書 6 章 9 節から 13 節 ――――――
これを 『 あんこ地方弁 』 でお祈りすると ・・・・・・
「 ほんだで ( だから ) 、こうゆう風に祈りゃあて。
『 ( 遠ぁぇ ) 天におりゃあす、わっちんたぁ ( 私たち ) の父ちゃんよぉ。
名みゃあ(名前)が崇められますようにしてくんせえ。
御国が来んさるように。
みこころが天でやってまっとる ( 行われる ) ように地でもやってまえんきゃあ。
わっちんたぁの、みゃあにち ( 日ごと ) の糧を今日も与えたってちょお。
わっちんたぁの負いめを、頼むで赦したってまえんきゃあ。
わっちんたぁもよぉ、わっちらに負いめの、ありゃあす、じんたぁ ( 人たち ) を赦したったで。
わっちんたぁを試みるみてゃぁな真似はせんといてちょぉ、ほんで悪から助けたってちょ。』
アーメン。
・・・・・・となります。
決してふざけておりません。心がこもります。
『あんこや』 は、現在 24 時間、足の神経が麻痺して、痺れています。
これは、まだ回復したほうで、足が四六時中痛くて、悲鳴をあげていた時期も3年くらい
ありました。夜が眠れませんでした。対症療法として、『ルジオミール』 という薬で眠りに
ついている時期が 2 年間ほどありました。この薬は頭が “ ボケ ” てしまう薬でした。
何も手に付かなくて、「あぁ〜。俺は “ たわけ ” になってまったなぁ〜〜。」と思っていました。
でも、横臥して上を見ると、そこには、ニコニコ している神様がいるのです。
たいへん、感謝な時が、現存するのです。
「 『ジーザス・クライスト』 マイ キング ! ! 」なのです。どうしても、カタカナで・・・。
2000 年 10 月 11 日
■ きょうは“わんこ”です・・・
ふたつの施設をご紹介いたします。
ひとつめは、愛知県岡崎市にあります『 IPC わんわん動物園 』です。

併設する『ペットカルチャーセンター』(左)と
『あんこ夫婦 & 元気君』(右)
東名高速『岡崎インター』を下りてすぐにあります。
『ワン・ニャン動物園』の老舗です。
ペットカルチャーセンターが併設されていて、とってもペットたちが愛されています。
『田宮模型・掛川サーキット』でのラジコンレースの帰りに、よく立ち寄りました。
上の『元気君』はうちの『大納言 ( ダイナ ) 』と同じ“アラスカン・マラミュート”です。
老舗だから“老犬”が多いのですが、その分人によく“なついて”来てくれます。
愛犬のしつけのために、沢山のわんこを預かって大事に訓練されています。
ふたつめは、滋賀県守山市にある『びわ湖 わんわん王国』です。
“琵琶湖大橋”のすぐ袂にあります。

商業的な匂いが強い施設です。
でも、活発なワンコがいっぱいで楽しいです。
右上の“アメリカン・コッカー・スパニエル”は30分1000円でレンタルしたワンコです。
愛嬌のある“おてんば娘”でした。
ここのドッグレースは、前述の『わんわん動物園』よりも、犬種が豊富で迫力もあります。
また、写真下のように『わんわん劇場』があって、楽しいショーが催されています。
左は“二人羽織”をしている“セント・バーナード”です。
右はテレビCMでもお馴染みの“自転車に乗る”(キチンとこいで前に進む ! )
“ダルメシアン”です。
この守山市に行かれたら、
『堀井動物園』の見学もしていただきたいものです。
正式にOPENしているわけではありませんが、現在“移動動物園”をしながら、
来るべき開園にむけて奮闘努力の真っ最中です。
残念なことに昨年、人を背中にのせる“キリン”の『ポッキー』君が亡くなってしまいましたが、
とにかく、様々な事情で、ここへやってきた、いろんな種類の動物がいます。
ボランティアで掃除やエサやりをするもよし、“義”に感じてカンパされるもよし、
どうかその“動物に対する愛情”の高い志に協力してあげてください。
2000 年 10 月 9 日
■ “戦い”とキリスト教・・・
昨日の『Fー1 日本グランプリ』で2000年のチャンピオンが、
『ミハイル・シューマッハ』選手にに決定しました。見事な勝利でした。
この5年間“世紀の天才”も、苦労に苦労を重ねて“涙”の末に掴み取った選手権でした。
ことし、注目を集めたFー1バイロットのひとりに『ディビット・クルサード』選手がいます。
『片山右京』選手も、“お姉さんの死とガン宣告をうけた”時に物凄い速さをみせたレースが
ありましたが、彼もそれに似て“自家用機墜落”で機長と副操縦士が死亡する中を生還し、
突然“生かされてある神からの使命感”を確信したかのように優勝しはじめました。
そして、ポディウム(表彰台)に上がる際には“十字を切る”ようになりました。
『落合信彦』の著書でも明らかですが、故『アイルトン・セナ』選手も“主を証しする”
尊敬するクリスチャンでした。
憎しみあって闘う一流レーサーはありません。
昨日のレースでも、チャンピオン争いをしていた二年連続チャンプの『ミカ・ハッキネン』は
自分が敗れた直後に祝福に駆けつけ、両選手ともに肩を叩きあい、お互いの健闘を
称えあっていました。
戦国武将の『武田信玄』は、【風林火山】の旗のもと・・
「人は石垣、人は城。情は味方、仇は敵。」と唱えて戦っていました。
ここに、神様のスパイスを 1 滴加えると・・・
その“仇(あだ)”は消えて、“敵”は存在価値を失って“敵”である必要がなくなります。
互いに認め合って、ライバルであればあるほど“愛”すべき存在になってゆきます。
不思議なことです 。

『ディビット・クルサード』と彼の操る『マクラーレン』 ( 左 )
『ミハイル・シューマッハ』と彼の操る『フェラーリ』 ( 右 )
2000 年 10 月 7 日
■ 【 広 島 】
『東洋工業 マツダ』の不景気が長年続いているとは申せ、人に活気がある街です。
わが町、【岐阜】と同じように、街なかを“ちんちん電車”が走っています。
絶対的に違うのは線路内を車が走らない“マナーの良さ”です。
【岐阜】は路面電車の線路内は一般車両の“無法地帯”となっていますが、
【広島】は線路の上を走る車両は“皆無”であります。素晴らしいマナーの良さ !

『 広 島 城 』 と 『 縮 景 園 』
ここも、大きな木造の立派な天守閣が聳えています。
そして、その藩の庭園が『縮景園』であります。ここは、キレイな庭園です。
岡山『後楽園』・金沢『兼六園』・水戸『偕楽園』は、賑やか過ぎて・・・
ここは落ち着けます。
“味”は・・・
やっぱり[お好み焼き]でしょう・・・とりあえずは !
中心街“お好み村”へでも行ってみますかぁ。ビルの中に数十件の“お好み焼き屋”があり ! !
『あんこや』おすすめは 2 件です。
ひとつは、『 長 楽 』です。味はともかくとして、熱狂的“中日ドラゴンズ”ファンの集まるお店で
なかなか賑やかで、活気があって Good ! であります。
ふたつめは、絶対 ! 超オススメ『キャベ・つー』です。
魚介類はキチンと“生”を使用して、“抜群”且つ“絶妙”な[味とテク]で最高 ! !
それだけじゃなく『あんこや』お気に入りは“牛タン・ステーキ”です。もう、たまらん ! ! ですぅ。
初めての方には、ちょっと不思議なことがあります。
お店に入ると・・・・・・
「いらっしゃい ! “そば”にします ? それとも“うどん”にしますか ? 」と聞かれます。
こっちは「お好み焼きを食べにきたのだけれども ? ? ? 」と戸惑ってしまいます。
“広島お好み焼き”は“モダン焼”風で“麺”が入るのです。その“麺の種類”を
“中華そば麺”か“うどん”にするのか ? を訊ねられるわけです。
同じようなことを【仙台】でも体験します。
名物“牛タン屋”さんへ入ると・・・
「食事 ? つまみ ? 」と聞かれます。もうその時には、私たちの人数を把握して“牛タン”を
焼き始めています。「 ? ? ? 」とメニューを見ると[牛タン定食(牛タン+麦飯+テールスープ)]
と[牛タン単品]しかありません ! ? だから、お客は「定食。」とボソッと言えばそれでいいのです。
本家は『 味 太助 』ではありますが、『あんこや』超オススメは“文化横丁”の『 山 梨 』です。
【広島】は瀬戸内の“おいしい魚”を味わうことのできる街でもあります。
『あんこや』超オススメは『 よしかね 』さんです。腕がいいです ! 仕込みがしっかりしています。
こちらで、小指の先くらいの大きさの“岩ガキ”を食べさせていただきましたが・・・
北海道【厚岸】の“握りこぶし大のカキ”に匹敵する“うまさ”でした。
ほんの小さな“カキ”が、物凄い勢いで“海”を感じさせてくれます ! !
【広島】にゆかれたら、ぜひ、【安芸の宮島】へ足を運んでください。
それと『あんこや』超オススメ・スポットは、県境を少し越えた山口県【岩国】です。
素晴らしい景色です。「日本人に生まれて良かった。」と思いました。
山上に聳える [ 岩 国 城 ] 。眼下を流れる“鵜飼い”も催される [ 錦 川 ] 。
そしてそこに架かる五層のアーチも美しい木造の [ 金 帯 橋 ] 。もうそりゃ正に絶景 ! ! !
2000 年 10 月 5 日
■ またまた『三浦光世・綾子ご夫妻』のこと・・・
『光世』さんが、ファンの方たちにあてて・・・
「家内が何を伝えたかったのかを、おわかりいただけるとうれしいです。」と
おっしゃっておられます。
『あんこや夫婦』が、旭川六条教会で『三浦光世・綾子ご夫妻』にお会いした時に
こんな光景がありました・・・・・・
礼拝が終了して、会堂の後ろで“お交わりの時”が与えられ、
私どもを含めて、ファンみんなで『綾子』さんとお話していたときのことです。
あるお方が「わたし先生の大ファンで、先生の書かれた本は全部読んでいます・・・。」と
もうされました。
『綾子』さんは、笑顔をみせられて嬉しそうに「じゃあ、どちらかの教会にいかれているの ? 」
と訊ねられました。
そのファンの方は「いいえ、キリスト教徒じゃないから教会には行っていません。」と、
ハッキリ答えました。
その瞬間の“たいそうガッカリ”された『綾子』さんの様子・お顔は非常に印象的で、
『あんこ夫婦』の心に“一番大きな旅の思い出”として残っています。
『綾子』さんは、元気なく小さな声になり・・・
「教会へいかれるといいですよ。」とその人に語り掛けられました。
『作家・三浦綾子』が何を伝えたかったのか ?
私が“深くて味がある”と感じております ー Saint Exupery ー の『星の王子さま』に
「本当に大切なことは、目には見えない。」 ( 真実は言葉の中にはない。 ) という一節があり、
何故か ? 最近頭の中で何かの瞬間・瞬間に繰り返されています。
みなさんも、そんな事ってないですか ?
2000 年 10 月 3 日
■ 今日は、全く趣味の世界・・・
『あんこや』は“自動車レース狂”です。
この原因は、モータースポーツジャーナリスト兼建築家の『ビル大友』という方の影響です。
彼は、『あんこや』の“自動車レース”と“カメラ”と“キリスト教”の師匠的存在です。
彼を師事して、高校・大学時代は何回東京へ通ったか、わかりません。
『日本 F 1 クラブ』という日本の第一次 F 1 ブーム ( 1976〜82 年位まで) の最中にできた
一種のファンクラブの発起人会員でもありました。
昔は、自分たちでチームを組んで、『AEー86でジムカーナ』、『シビックレース』、『FJー1600』
と実車でレースをしていました。
5年程前までは、『ラジコンレース』をチームを編成して『全日本耐久レース』などに参戦した
こともありました。
病気と経済力に伴って、現在は“モノグラム”(プラモデル)製作に熱中しています。
一部の方からリクエストをいただいていたので今回、紹介します。
精度を問われるので、大きい画像ですみません。

『 フェラーリ F 1 』 ( 左上 ) と 『 マクラーレン MP4/13 』 ( 右上 )
『 JPS Mk.V ロータス 78 』 ( 下 )
『フェラーリ』の内訳は、大きいのが、1 / 12 スケール『フェラーリ 312T4』(ジル・ヴィルヌーヴ車)
同じ車種が3台あるのが『フェラーリ 312T3』(左から『クレイ・レガッツォーニ』、『ジル・ヴィルヌーヴ』
一つおいて一番右が『ジョディ・シェクター』)
奥のみぎから 2台目が『フェラーリ 310B 』で、上方排気とサイドウイングなどを改造してあります。
ドライバーは、『ミハイル・シューマッハ』 であります。
『マクラーレン MP 4 / 13 』はゼッケン1が『ミカ・ハッキネン』で2番車が『ディヴィット・クルサード』
下の、1 / 12 スケール 『 JPS Mk.V ロータス78 』は、デカールがイエローだったので、
ゴールドラインを入れただけで、あとはノーマルです。
この F 1 をドライビングした翌年、ガンで昇天した、ゼツケン6番 『 グンナー・ニルソン 』車
今日は、全く趣味の世界で、興味の無い人には、申し訳ありませんでした。
興味のある方は、感想などを“書き込み”していってください。お願いします。
2000 年 10 月 1 日
■ “癖”は恐い・・・
『北方キリスト教会』の礼拝で、一月に一度は『あんこや』に司会の奉仕当番が回ってきます。
その中で“本日の説教箇所、聖書朗読”があります。このときに“やってしまうんです。
わが教会は『日本聖書刊行会』の【新改訳聖書】を使用しております。
漢字に必ず送り仮名がふられているのですが・・・・・・
『魚』 = 「うお」
『悪霊』 = 「あくれい」
『雷の子』 = 「かみなりのこ」
となっているところを・・・・・・
『魚』 = 「さかな」
『悪霊』 = 「あくりょう」
『雷の子』 に及んでは、「いかずちのこ」とやらかしてしまうんです。・・・“癖”は恐い ! ?
言い訳・・・送り仮名や丸・濁点は目が悪くて“虫メガネ”でも見えないのです ! ?
2000 年 9 月 29 日
国宝の城 日本一 ! は、やはり規模から考えて・・・・・・
『 姫 路 城 』
であるところは間違いないでしょう。
他では見られぬスケールが“すばらしい ! ”のであります。
こじんまりとした町の中に<ド・ド・ドーン ! ! >と鎮座しております。
姫路駅から北をみると、まっすぐ伸びた広い通りのその奥に『姫路城』が見てとれます。
特に夜はライトアップされて、駅から見ても“そびゆるシンボル”であると一見してわかります。

左上の“天守閣”部分の、二層目から三層目に突き出た《千鳥波風》や、
右下の“天守閣”部分の、二層目にある《唐波風》の大きさはとても迫力があります。
縦にも横にも立派 ! です。
よく時代劇の撮影に使われますので、左下のの光景は「なんか、みたことある ! ? 」と
思われた方々も多いかと思います。
映画『007は二度死ぬ』でロケに使われて“キズだらけ”にされた話は有名ですよね ?
現地に行って「ビューティフルだからキズ付けないように、大事に扱おう。」と思わない
“えげれすの紅毛人たち”は一体どうゆう神経しているのか ? と疑念を抱いてます ! !
食文化は近くに『神戸』があるために、とりたてて“姫路の味”を感じたことはありません。
でも、変わったところで新幹線の弁当のあたたかい“お粥”を朝限定で売り始めたのは、
ここ『姫路』でした。
2000 年 9 月 27 日
今日は『あんこや』ページにお付き合いいただいています皆さんには是非、
心に残しておいていただきたいことを記します。(以前『北方メーリングリスト』に流しました。)
■ できることなら“聞きたくない証し”・・・
『あんこや』が妻と付き合う前に親しくしていた女性のことです。彼女は《県交響楽団》と
《市民吹奏楽団》でフルート奏者をしていました。私より一つ年下で別れの時は28歳でした。
彼女もクリスチャンで教会で親しくなりました。彼女は【慢性骨髄性白血病】でした。
20歳の時にそれとわかり、亡くなる1年半前に、自分の病気を知りました。
それは、ある人との婚約が破棄されて結婚の夢破れ、相手方の訴状を読んで病気を知る
という状況で、追い討ちをかけるように“急性転化”が起こり、入院先から礼拝へ通っている
ときに『あんこや』と知り合いました。
大きなイベントでコンパニオンをしていたような、たいへんにキレイなお嬢さんでした。
それゆえに、なかなか鼻っ柱が強い感じもみられました。
ここから、神様が人を砕かれてゆく術を目の当たりにする日々が始まりました。
教会で初めて話をした時に「私、主治医から“骨髄移植”を勧められて迷っているの。
どうしようかしら ? 」といわれました。
これといって知識のない『あんこや』は返事ができませんでした。それから、いろいろと
文献を読み、情報を集め、何とか彼女と語り合えるようにしました。
初めて病院へ見舞いに行ったときから、よく心を開いてくれて、『あんこや』よりも前に
来られていた楽団員の方々を早く帰らせて、その後じっくりと“話と祈りの時”が与えられ、
彼女は「みんなが、ガンバレ、頑張れ ! と言うのが、私、嫌いなの ! どうして私だけが・・・ ?
とすぐに思っちゃうし、私は頑張りようがないもん ! ! 」と怒っていました。
また、「私より医者のほうが【骨髄移植】に積極的なの。治るかどうかは、五分五分って言う
けれど・・・治れば“完全”だと言うのも魅力的な誘い言葉なのよねぇ。」とも言っていました。
その後、【骨髄移植】を決断し、型の合うドナーもみつかり、移植しました。
女の子にとって【抗がん剤】の影響で、髪の毛が抜け落ちてしまうことは本当に辛いことだ
ということがダイレクトに感じられました。また、【骨髄移植】の準備段階で、
辛い【放射線治療】が幾たびかあることも身体には大きなダメージとなるようです。
【骨髄移植】をすると、人間の抵抗力は一旦まったく失われてしまいます。
このことは“想像を絶する戦いが待っている”ということなのです。
例えどんなに衛生的な無菌と言われる《クリーンルーム》に入っていても“免疫力ゼロ”
では必ず、次から次へと様々な感染症が発症してきます。身体の痛みとだるさの辛さ・・・
口やその他の粘膜の炎症からくる痒みと痛みで、気が狂ってしまうほどに大変そうでした。
(事実なので、不適切な表現をお許しください。)
もっとも辛い時に、人間は神様にすがりたくなるものです。しかし試練の時に具体的に
目に見えるように、また、耳で聞こえるようには神様の癒しや指導を仰ぐことはなかなか
できません。そして彼女も直接的な答えがほしいので《クリーンルーム》の専用電話から
友人のクリスチャンや牧師にまでも「今すぐ祈って治して ! ! 」とすがりついて話していました。
みんなは「 (彼女から) 電話があると辛くて、話してあげられなくなる。」と言うようになり、
その牧師 ( 北方キリスト教会ではありません ) は、もう一人では行かなくなり、足が遠のき
はじめました。『あんこや』は昔からの蓄積のお蔭で神経が図太いのか ?
神様の助けによるものなのか ? 関係なく、本人も喜んでくれるので週に5日くらい病室へ
通っていました。【白血球数】が順調に増加していき《クリーンルーム》をでることができました。
いつの間にか『あんこや』が行くと、その日の日課は、彼女の専属トレーナーのようになって
いつも全身マッサージをすることになっていました。
人間は点滴だけで食事をせずに生きていけるもので、彼女は半年以上も口からものを
食べていませんでした。そして、回復してきたので食事の練習をはじめました。
長い間食事をしていない胃腸は正常に機能するために少しずつ慣らしていく必要が
あるんだそうです。一日に菓子パンひとつ食べるところから始めていました。
また、足も同じで、歩いていないとその衰えは顕著なもので、調子のいい時で
病棟を一周するのがやっとでした。一度、二週して高熱を発したことがありました。
ある週末に訪ねたところ、病室を移っている最中でした。彼女は新しい病室のことを
「ここに移った人は“危ない人”なのよ。」と『あんこや』につぶやきました。私はすっかり
よくなっていると思っていたのに“肺に影がある”というのです。それでも、表情は明るく
普段どおりだったので私は「水曜日まで来れんけど、何かほしいものある ? 」などと
言ってその日はわかれました。
そして、水曜日に午前中用事を済ませて昼に病院へ到着しました。エレベーターをでると
すぐに、お母さんが『あんこや』をみつけて「今日はね、ちょっと具合が悪いの。」と走り
寄ってこられました。病室へ入ると親族が集められていました。それでも私は何のことか
わからず「おい、どうしたあ ? 」とまず声をかけました。彼女はお父さんに抱き起こすように
頼み、『あんこや』に「お礼を言わなくちゃ・・・」と言いました。私はそれでも現実を受け止め
られずに、「何を言っとるんだ、いまさら。」などと答えてしまいました。
その直後から意識混濁して、もう二度とはっきりした言葉は聞けませんでした。
彼女は私に“マッサージ”をするように身振りで示し、私は全身マッサージをはじめました。
そして、その時初めて足の先をマッサージするために触れてその冷たさに「危ないんだ。」
と感じました。
全身マッサージが終わり、身体も温まり、息も落ち着いてきたので、
まわりの者たちは、一旦外へ出てベンチで腰掛けていました。
5分もするとナースセンターからふたりの看護婦と主治医が病室へ駆け込んでいきました。
私たちは、落ち着いて眠ったんだと思っていたのですが・・・・・・
ついに・・・・・・・・その“時”が来てしまいました・・・・・・・・・・・・。
主治医は、お父さんに向かって・・・・・・ 首を“横”に振りました。
お父さんは、主治医に向かって・・・・・・ 首を“縦”に振りました。
葬儀が一通り終わり、お父さんは『あんこや』にこう言われました。
「私が一番恐れていたのは、娘は気が強い子だったので、「私は死にたくない っ ! 」と
泣いて言いながら最期のときを迎えたらどうしようか ? どうしたらいいのか ? ということでした。
だけど、うちの娘が信じていた神様と、あんたのおかげでそんなことはなかった。
ありがとう。」と・・・・・・。
このような形で“証し”がされようとは・・・何という【神様の光の放たれ方】なのでしょうか ?
上記のようなことを、いろいろ見聞きしていたのが、彼女のフルートの伴奏を勤めたことも
ある今の『あんこ妻』です。この出会いも不思議な神様の力だと思っています。
大変に長い文章となってしまい、最後までお付き合いいただいた方は、どれほど
おられるかわかりませんが、今日は笑っていただくところもなく、すみませんでした。
2000 年 9 月 25 日
■ 著作者人格権・財産権・肖像権
ホームページを運営するに当たって避けては通れなくなりつつある【法律上の各種権利】
について『あんこや』も画像を多く掲載している関係上、ずっと気にしていました。
開設当初から承認を得ようと試みてきました。
聖書について・・・
1. 著作者人格権として、
「聖書の翻訳は勝手に改変されたり、訂正してはなりません。」
そして、「引用、転載の際には必ず出典の明記が義務」とあります。
例) 日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編□編□節 など
2. 財産権として
引用規定内ならば無償提供されるようです。
その規定は・・・
@ 本文を誤り、変更なく引用
A 「日本聖書協会発行の、どの訳からの引用か」の明示(著作権法第48条)
B 引用は250節以内(下位ディレクトリ全体を含む)
C 当該ホームページのURL(アドレス)を日本聖書協会に報告
の以上 4 点を遵守すれば「著作権使用許諾書」を発行せずに許可が出される。
のだそうです。
自動車レースシーンについて・・・
もっとも厳しいのは、やはり【 F 1 】です。営利目的ではなくても厳しいです。
公開しなくてもピット前では 「 動画は厳禁です。 」 記念にビデオを回していて、
私の目の前で没収された人がいました。
60年代からの F 1 カメラマンの『ジョーホンダ』氏は、難しい問題が発生して
現在ホームページを閉じておられます。
『あんこや』は『PIAA Nakajima レーシング』の『中嶋悟監督』と『高木虎之介選手』の
画像掲載をしておりますが、中嶋企画のかたではありませんが、
「営利目的ではない、自分で写した作品掲載ならば問題ない。」旨の回答を得ました。
中嶋企画では、多忙のため個人の問い合わせに回答することは難しいようです。
回答をしてくださったのは『高木虎之介選手』の傍におられるかたです。
それと、『浮谷東次郎』さんの『トージズ・クラブ』事務局の方からは、
「当ページは【リンクフリー】ではありませんが・・・・・・キリスト教サイトのようなので
きっと『浮谷』さんも喜ばれるでしょう。」といただきました。
『三浦光世・綾子ご夫妻』について・・・
『あんこや』は、『光世』さん宛にこうお便りしました。
「勝手なことをして申し訳ありませんが、私の開設したホームページでは、
福音を目的とした運営の中に『ご夫妻』の写真を掲載したページを作っております。
“事後承諾”という形となってしまいましたが、この公開をお許しいただきたくて、
今回お便りいたしました。
もしも、ご自身が<不快>に思われましたり、
著作権上もしくは肖像権の問題があるようでしたら、すぐに公開を停止いたしますので、
その旨ご連絡をいただけましたら幸いに存じます。」と切手を貼ったレターセットと共に・・・

と、いただきました。
「どうぞ、ご自由に私たちの写真でも何でも、お用い下さい。
とにかく、主を証しすることになれば幸いです。」とあります。
「あぁー、主よ ! 」であります。
それと・・・

6年前の印(左) と 現在の印(右)
やはり、『綾子』さんは・・・天に帰られたのです。
2000 年 9 月 23 日
■ 大阪“海遊館”・・・
立派な施設です。
“じんべえ”さんが泳いでいます。
日本中捜しても“歩き疲れる”水族館は、ここだけ ! ?
大阪湾を周遊できる船“サンタ・マリア号”はメッチャかっこいい !
一つだけ不思議なのは、ここは水槽に向けて“フラッシュ撮影” O K なんです ?
一つだけ困ることがあります・・・“大阪のオバチャン”が、やかましいーやかましい ! ?
見ず知らずの私に「ちょっと兄ちゃん写真とって ! 」と、いきなりカメラをおしつけられて・・・
「上手に撮れてぇへんかったら、兄ちゃん、あんたのせいやで ! 」とまでおっしゃられます。
やっぱり“どあつかましい”て“おもろい”のんが“大阪のオバチャン”ですね !
もう“笑わなしゃーないで”状態に一気に持ち込まれます。振り返ると笑い話になります。
大阪湾周遊・・・
『サンタ・マリア号』は、仙台藩《月の浦》の『サン・ファン・バプチスタ号』に似ています。
ほんとに“カッコイイ”です。これに引き換え、今は外国で余生を送っている名古屋港の
『金鯱号(きんこごう)』は、上に“金のシャチホコ”が鎮座して“カッコ悪かった”です。
そういえば『芦ノ湖』もカッコイイ船ですね。
『あんこや』の“オススメ水族館”は、この他に・・・
“鯱=オルカ”の迫力に誘われて『鴨川シーワールド』『南紀白浜アドベンチャーワールド』
研究が進んでいる施設『鳥羽水族館』『東海大学海洋博物館』『南知多ビーチランド』
おもしろい施設・・・・・・『二見シーパラダイス』(アッカンベーあざらし君)と広島『宮島水族館』
宮島で『あんこや』は“ペンキ゜ンを抱っこして”“カブトガニを触って”“ペリカンに襲われた ! ”
“ N G ”な水族館は、『八景島シーパラダイス』と『松島水族館』です。
今日は“水族館”のお話でした。
2000 年 9 月 21 日
■ <明るいイメージの人>と<暗いイメージの人>・・・
世の中にはちょうどいい具合に<明るいイメージの人>と<暗いイメージの人>がいます。
<明るいイメージの人>とは、少々“にぎやかでやかましい人”かも知れませんが、
必ずしも“不真面目な人”ではありません。
<暗いイメージの人>とは、“思慮深い人”の可能性が高いですが、
決して“冷めた人”や“楽しく(面白く)ない人”ではありません。
例えば、<爆笑問題>の『太田光』や、上方落語の『月亭八方』師匠などは、
<暗いイメージ>がある人たちですが、いざ舞台の上では物凄く面白い芸人です。
殊に『月亭八方』師匠の落語は、ムツッとしているのに、その顔から発する言葉は、
ギャップがあるだけに、非常に面白いです。
<明るいイメージの人>が、まるで“善 ( 良 ) ”のようで、
<暗いイメージの人>が、“悪い”かのように決め付けられる風潮には賛成できません。
確かに、世の中の価値観が“まじめなこと、優れていること”に対する評価よりも、
“わかりやすいこと、楽しいこと、面白そうなこと”に高くなっていますが、
その価値観が変化したからといって、両者のバランス無しに、また互いの尊敬無しに、
社会が成り立ってゆく訳がありません。
『あんこや』が自動車レースの中で観たことを以下に記します。
1997年にドイツの『 AMG メルセデス・レーシングチーム』は、ドイツの民族性からくる
“まじめで、きっちりしているが、暗い感じ”を払拭して、チームを活性化する目的で、
元 F 1 レーサー『アレッサンドロ・ナニーニ』選手( 1989年 F1日本グランプリ優勝者 )
をワークスドライバーとして契約しました。
このことは、同時にレーシングカーを製作するチームにとって、
物凄く大きなハンディキャップを背負うこととなりました。
それは、この元F1パイロットは、1990年のF1日本グランプリ直前に、ヘリコプター墜落事故
に遭遇して、右手の手のひらが断裂してしまいました。奇跡的に手術でつながりましたが、
神経まではつながりませんでした。これによって選手生命は絶たれたように見えました。
なぜならば、レーサーにとって右腕は、ギアチェンジをするために、シフトノブを握らな
ければならないからです。
このことを解決するために、『 AMG メルセデス・チーム』は彼の身体を調べて、
右手で物を【押す】動作は可能ですが、【引く】動作ができないことを知りました。
チームは悩みました。【押す】動作のみでは≪シフトアップ≫はできても、≪シフトダウン≫
ができないために【押すだけ】のシフトを2本にする必要性があるわけです。
このことは、車体重量を、おそらく 10 kg 以上増やすことを意味しています。
これは、1000分の1秒を争う世界では大きなハンディキャップとなってしまいます。
確実にその分の走行タイムが落ちてしまうことになります。
どんなに≪元 F ! パイロット≫といえども、F 1 から離れて久しくオートマチックの
レーシングカーで闘っていたテクニックでは補いきれないタイムロスとなってしまいます。
彼は、陽気なイタリア人で非常に明るい性格を持っていて、かつて所属した F 1 チーム
『ベネトン・レーシングチーム』では、速いレーサーとしてだけではなく、ムードメーカー
として大きな役割を果たしていました。(裕福な家庭の人でもあります。イタリア中のレスト
ランの約半数の店では実家の会社が製造するデザート菓子を使っています。)
『 AMG メルセデス・レーシングチーム』では、悩みぬいた挙句“彼の明るさ”を優先して、
車体重量を増やし、シフトダウンも可能な<押すだけのシフト>を一本余分に装備して、
97年度の『 FIA-GT 選手権』を闘う決断をしました。
彼は果敢にアタックしましたが予選タイムは、やはり平凡なものでした。
逆に言えば、健常者だったらトップタイムです。
しかし、彼はこの年の選手権【総合 2 位】となり、複数のレース(鈴鹿を含む)で優勝も飾り、
(総合優勝は同じチームの『ベルント・シュナイダー』選手)彼の頑張りの証であるポイントの
おかげで、チーム自身も【コンストラクターズ・チャンピオン】に輝きました。

『あんこや』も96年(この時はオートマチック車)と97年に、彼のドライビングとピットの様子を
観ましたが、すごく速くて、そのチームだけ“特別に明るい ! ”のです。
この事実を、この眼で確認しました。
このことによって、社会が
“暗いイメージ=ドイツチーム”と、“明るいイメージ=アレッサンドロ・ナニーニ”との
互いの尊敬を伴った融合により、成り立ってゆく姿を垣間見ることが、できないでしょうか ?
『神様』の“味付けの妙”とでも云うのでしょうか ?
2000 年 9 月 19 日
■ 名古屋弁と岐阜弁のちがい・・・
この差がわからない方が殆どではないか ? と思いますので、記しておきます。
『あんこや』は小さい時から、岐阜と名古屋を往復していたので混ざって使いますが、
いくつかの例を挙げます。
標準語の『あなた』を、岐阜の男言葉で『おめえ』と言い、名古屋では『おみゃあ』となり、
名古屋の女言葉で『あんたぁ』(これは関西でポピュラー)と簡単に使いますが、岐阜の人が
『あんたぁ』と言われると機嫌を損ねます。よっぽど親しい間柄でないとNGなのです。
昔、遊び仲間の岐阜の女の子に『あんたぁ』を使っていたら・・・
「 『あんた』って、やめてよ。まんだ籍も入っとらんのにー ! 」と叱られたことがあります ! ?
それから、標準語の『ない ( 無い ) 』を名古屋で『にゃあ』と言いますが、岐阜は使いません。
最近、この言葉の垣根はなくなりつつあります。それというのも、『みゃあみゃあ』言葉は
名古屋でもお城近くの“上町 ( うわまち) 言葉”なので、居住地が外へ外へと広がっている
現在は、“上町言葉”を使う人が少なくなってきたからです。
名古屋・岐阜の共通した『ない』意味で『あれせん』 ( ありません) が一般化しつつあります。
『みゃあみゃあ』言葉の一種ですが、岐阜と名古屋で明確な違いがあるものに、
標準語の『大体 ( だいたい )』 があります。
これを、岐阜では『でぇ-て-』と言い、名古屋では『でぇゃあてゃあ』と言います。
『あんこや』は「でぇゃあてゃあ、そんなもんはよー。」と使うので、名古屋型かな ? ? ?
■ きょうは、一部の方からリクエストがあったので、『北方メーリングリスト』で以前流した
ことがある『わたしのゴスペル初体験』を記載いたします。
ーーーー ☆ ーーーー ☆ ーーーー ☆ ーーーー ☆ ーーーー- ☆
80年代前半に『F-1ロングビーチグランプリ』に出かけたときのことです。
レース後、手伝っていたジャーナリストと別れ、“アメリカ一人旅”をしました。
「レンタカーで旅をしたい。」と思っていた私は、<コルベット>か<トランザム>を借りようと、
あっこっち探しました。
はじめの店は「アキュラ(本田アコードの類)か、サッポロ(三菱ギャランΛ)しかダメ ! 」と
強く言われてあきらめました。
数件探して、<シボレー・コルベット・スティングレー>を4台持っている店を発見して、
交渉に入りました。ぎりぎり21歳になっていたので年齢条件はクリアかと思っていたら、
高級車は NG というのです。ここであきらめるわけにはいきませんので・・・
【JAF-FIA コンペティション・ライセンス A 】を提示して、ちょっと知り合いになったばかりの
『ミルト・ミンター』、『ドン・デベンドルフ』両レーサーに電話で仲介してもらったりして、
<渋々 OK >になりました。それでもまだ「ダットサン(フェアレディー260Z)ではどうか ? 」
などと言うので、わからないフリをして一番高級な7800ccタイプの前からキーがくるまで
もう動きませんでした。(時速140マイルで走れた時には快感 ! ! )
テキサスのアマリロでのことです。バーで食事をしていると、『あんこや』を見ながら盛り上
がっているお年よりのグループがありました。その中のひとりが店を出てゆきました。
5分ぐらい経って、そのおじいさんは荷物を持って戻ってきました。
しばらくすると・・・・・・
『サンダーバード』の人形のような帽子を全員が被って、私の後ろへ整列して・・・
♪ リメンバーパールハーバー ♪ を合唱しはじめるて゜はありませんか。
きっと戦友会でもあって、お酒が入り、日本人をみて、一気に盛り上がったんでしょう。
( サンダーバードのような帽子は“退役軍人”の証 )
トラブルをさけて退散しましたが、このとき白人に良い印象を持たなかったので、
翌日曜日の朝、ホテルで黒人従業員に「ニグロの集まるバプテスト教会はないですか ? 」
と尋ねて、多分その人が通っているであろう教会を案内されました。
白人は2割くらいの礼拝でした。ゆくとすぐに『あんこや』を囲んで祈ってくれました。
黒人の牧師はメッセージの中に♪節があったりしてノリノリでした。
黒人聖歌隊がみんな“スーパーボール”のように弾んで飛び跳ねていました。
それぞれ独唱も可能なようで、順々にソロパートが巡ってゆきました。
段々と一曲が長くなり、一曲20分くらいになって終りました。
その後、握手攻めにあい、また『あんこや』を囲んで祈りのときとなりました。
何故か ? 賛美の途中から、ずっと涙が止まりませんでした。
それから別に白人が嫌いになったわけではありません。
『あんこや』の感じている“黒人と白人の違い”は・・・・・・
黒人は、その歴史的背景から目線を同じところにまでもってきて、
「友達になりましょう。」と声をかけてくれます。
白人は、その文化水準の高さから、殊に日本にいらした宣教師の先生方がそうですが、
「あなたには、こんなにも良いところがありますよ。神はあなたを愛していますよ。」と
声をかけて励ましてくれます。
仲間になれるのは、肌の色には関係ないですよね。フィーリングと相互の尊敬かなっ ! ?
2000 年 9 月 17 日
■ 『三浦光世氏講演会』
早いもので、もう一年が過ぎようとしております。
最近、『綾子・大雪に抱かれて』ー北海道新聞社刊ーという本を手に入れました。
同社新聞紙上に連載された記事をもとにして編集したところに“訃報”が入り、
急遽、思い出の写真を綴った『綾子 星となりて』という箇所を追加して
[改訂版]として製作された本です。
『山田洋次』監督との対談や≪作品と原風景≫・・・
【私の中の歴史】“生と死を見つめて”という『綾子』さんから記者が聞き書きしたもの
などが収められています。
『あんこや』は『綾子』さんが“母”を執筆されるよりも、
ずっと前に“母”の息子・『蟹工船』で有名なプロレタリア文学者の『小林多喜二』さんの
治安維持法下の特高警察に拷問死させられた亡骸を引き取りにゆかれた、当時弁護士を
されていた故『青柳盛雄』さんから直接その模様を写真とともに話を聞いたことがあります。
あまりに凄まじいので、到底ここに記すことはできませんが、
≪治安維持法≫に激しい怒りを感じました。
でも、この“母”を『三浦綾子』さんが書かれたので、単に<怒りと憎しみ>に終始しないことに
本当に“よかった”と思う『あんこ気分』であります。
2000 年 9 月 15 日
■ 【ペット】とともに・・・
『あんこや』も、何頭かの【わんこ】を見送ってきました。
私にできることは、ただただ、その子が振り返って
「 “人生(犬生)は素晴らしかった。千回生きてもいい ! ”と思って寿命が終ることが
できたらいいなぁ。」
を考えて、<やさしく><厳しく>接して“愛させてもらう”のみです。
パルボウイルス感染で、うちへきて 3 日間しか生きられなかった
迷子のハスキー幼犬『あんこ』ちゃんは、
私のひざの上で・・・・・・・・・だったりするので
“愛させてもらう”その愛は充分通じていくようです。
でも、やはり別れはつらいです。
悲しいです。虚しいです。悔しいです。申し訳ないです。
「もっともっと、いろいろしてあげられ・・・・・・・・・」と
思い・考え・感じて・反省しきりになります。
「俺は、こいつを“花よりも華”と思ってやれただろうか ? 」と・・・
愛情の足りなさを痛感させられます。
神様と比較すると、愛がゼロに等しい私たちでさえ、こうなのですから・・・
神様に対して、私たちが犯している罪に、
一体どれくらいの“神の痛み”が伴っていることでしょうか ?
「 あぁーーッ、十字架 ! ! 」と云わざるをえません。
でも、神様は“希望”を与えてくれます。 訓練し、指導してくれます。
一歩ずつ・・・一歩ずつ・・・私たちは、
≪悲しみと反省を通して神様の“愛”に近づいてゆく≫のです。
きっと神様が与えて・遣わせてくださった【ペットたち】は、飼い主に感謝しています。
うちの『大納言(ダイナ)』は、6歳半ですが、
大型犬なので、おそらく10年ほどの寿命でしょう。
より深い“愛情の交流”がなされるよう、
神様の励ましにより、叶えられることを祈るばかりです。
2000 年 9 月 13 日
■ “世の光”と『浮谷東次郎』
本日、ラジオ < 『世の光』の集い > が、北方キリスト教会で行われました。
足下の悪い中を40人ほどの参加があり感謝でした。
『あんこや』は、講師の『榊原寛先生』のお迎えをさせていただきました。
車中、何故か<自動車レース談議>となり、
伝説のレーサー故『浮谷東次郎』氏とその母上故『和栄』さんの話題があがりました。
※ 『東次郎』は、若く23歳でこの世を去っていったにもかかわらず、
その < 速さ > と、< 志 > の高さが支持されて30年以上も語り継がれています。
また、最期のときも、鈴鹿サーキットで<コースに入ってきた2名の人>を避けて、
自分自身は照明灯に激突してゆきました。
亡き息子が死後も、友人やファンに熱烈なる支持されていることに『和栄』さんも
さまざまな困難を乗り越えられて、2台のレーシングカーを展示した
『東次郎記念館』を建てられました。
そしてそこには、<神様のために>教会が2F部分に造られているのです。
それも、ご自身は貧困を極めているにもかかわらず・・・
その後、教会はキリスト教団体『OMF』に捧げられました。
数年前、『和栄』さんが昇天された後、遺言でその土地も『OMF』に寄付されました。
さて、本日の“世の光”の『榊原寛』先生のメッセージは・・・・・・
< ラジオと同じ声 > でした ! ? ← あ・た・り・ま・え ! !
『あんこや』の感想は
「やっぱり『神様はイエス様を十字架につけて、殺してまでも犠牲を払って
私たちのことを愛してくださる、お方 ! ! 』に尽きる。」のであります。

“世の光の集い”の模様
『榊原寛』先生と『臼井』牧師(左下)
& ♪アメージンググレイス♪を歌う『まこちゃん』
2000 年 9 月 11 日
■ 11月に、『三浦光世』さんが、岐阜にいらっしゃって、講演会をされる予定です。
<いつも感謝>で<いつも愛がいっぱい>の、尊敬して止まないお方・・・
『あんこや』は“楽しみで、たのしみで・・・×∞α”であります。
こんなお話があります・・・
あるとき身内の一人が、お金を借りに来て、その後失踪しました。
どこに居るのかがわかり、『綾子』さんが出向くこととなりました。
怒りにゆかれるつもりの彼女に『光世』さんはこう言われました。
「謝ってきなさい。きっと私たちにすべての事情を言いづらいところがあったのでしょうから。」
これが『あんこや』の尊敬するお方です。
■ こちらも尊敬するお方です。
『あんこや』の担当眼科医『塩谷先生』は、素晴らしい人です。
私は岐阜にあります『平野総合病院』で眼を診ていただいております。
手術の為、入院中に「犬(ダイナ)が、私を待ち焦がれて精神状態が不安定になって
しまっているらしいから外泊許可をください。こんなダメな男でもボスとして信頼して
いてくれるので・・・。」と申し出たら、普段はやさしく笑っていらっしゃるのに、
「そんなことはない ! 君は<いいヤツ>だ。」と真顔でおっしゃられました。
本当に感謝して尊敬しております。
(冗談通じるし、模型やF-1についても話ができる ! ?)

『あんこ宝物』
2000 年 9 月 9 日
『あんこや』は、お城が大好きです。
4つの国宝 ( 姫路・彦根・松本・犬山 ) ←立派なもん順 ! ? は、
それぞれ「やっぱり国宝なだけのことはある。」・・・納得 ! と思います。
でも、全国にあまたある中で『あんこ推奨』をいくつかあげると(天守閣だけではないです)
<岸和田城><黒川城(会津若松)><丸亀城><和歌山城><高知城><熊本城><掛川城>
<岩国城><伊賀上野城><瑞巌寺(松島の要塞)><広島城><小谷城跡>などです。
嫌いな城は、<大阪城><名古屋城>などのエレベーターのある城と、
<墨俣城><清洲城>などの「そんなんじゃなかった筈 ! 」の城などです。
<墨俣城>は、特に酷い城です。歴史的には<秀吉の一夜城>で有名ですが、
[ 砦 ] だった筈のところに天守閣があります。「そんなアホな ! ? 」と思ってしまいます。
例えば、仙台城には、はじめから天守閣がありません。そこに<そびゆる天主>を普請す
ればどんなに立派で見栄えがするでしょう。でも、仙台の方々はそんな
“はしたない真似”は絶対にしません。
おまけに、1 F 奥に『雅子さまが座られたイス』がビニールをかけて展示してあります ! ?
■ 彦根城・・・・・・
ずっと井伊家の居城です。さすが国宝 ! ! のムード満点であります。
インターからも近くてアクセスばっちりです。

すばらしい ! ! の一言です。
天守閣を上ると、琵琶湖の絶景が一望できます。
琵琶湖周辺はいろんな施設がいっぱいあります。
クリスチャンの『あんこや』としては、近江八幡<ヴォーリズ記念館>に訪れたいところです。
以前に草津町<びわこ博物館>へのアクセス調べにホームページを開いたら・・・
何もかもが、画像入りで紹介されていて、「ゆく必要がなくなった ! ? 」ことがあります。
おすすめグルメスポットは、一軒だけです。
割烹 『 梅 田 』 さんです。
京風というより<京料理>です。
仕込みがしっかりしているのに、値段が安くてカウンターもあります。
京料理だから 『よこわ』 (まぐろの幼魚) も、『鱧』もあります。
『あんこや』推奨の一品は・・・『 鴨まんじゅう 』 です。
簡単に言うと「鴨ミンチの<かぶら蒸し>」ですが、そんじょそこらで味わえません ! ! 本当に。
『近江牛』をあじわうのもいいのですが、『あんこや』は、割烹『梅田』に限るのです。
きょうは、うれしい誕生日 ! の『あんこや』でした。
2000 年 9 月 7 日
■ 『大納言(ダイナ)』をつれて・・・つれられてのほうが正しい ! ? 散歩に出かけるといろ
いろなことがあります。
散歩コース第一ルートにある公園からずっと後ろについてくる、オシャマな女子小学生
ふたり組が、<意を決して ! >『あんこや』に忠告しました・・・・・・
ーーー 「 おじさん ! オオカミなんか飼っていいのーっ ! ! 」 ーーー
返す言葉を探っているうちに、「僕のことを文句言っているな ! 」と察した
ご本人(犬)『ダイナ』が私よりも先に「ブァオンッ、オンオン・・・ワァンッッッ ! ! 」と
追っ払ってしまいました。(普段はそんなに人に吠えることはないんですが)
向うは「ギャァアーッ、きゃー ! 」X2 で走り去ってゆきました。
お前、また評判落としたな・・・・・・(と、隣りで座っている彼をなでる『あんこや』です。)
そういえば、『ダイナ』は、音声入力で『あんこや』がサブ管理人のメーリングリストの
メンバーでもあります。(犬バカ・親バカも、あんまりエスカレートしないようにせねば・・・)
■ 『世の光ラリ−』があります。
岐阜市近郊、限定の話で恐縮ですが、来週の水曜日10時から
北方キリスト教会において開催です。
どなたかいらっしゃいませんか ? とってもいいお話をされる先生ですよ。
2000 年 9 月 5 日
『あんこや』が、まだ<神様にすべてをゆだね>切っていない頃・・・・・・
―――――― 『 決 意 へ の 原 点 』 ―――――
ここは、緊急ナンバ゜5015に移動しました。
2000 年 9 月 3 日
『あんこや』は、名古屋弁を使うので、こう質問されたことがあります。
<海老フライ>を「えびふりゃあ」と言うからだと思うのですが・・・
友人は「カレーライスのことを<かりゃありゃあす>と言うんでしょう ? 」と言うのです。
皆さんの中で、そう思っておられる方がおられましたら、訂正しておきます。
<ライス>を「りゃあす」とは言いますが、<カレー>のことを「かりゃあ」とは言いません。
正しくは・・・・・・「< カレー リャアス >と言うんだわ、なもぉ。」
■ 『北方キリスト教会』の牧師
『あんこや』の通っているキリスト教会は、<日本福音キリスト教会連合>に所属する
岐阜の『北方キリスト教会』であります。本日、日曜主日礼拝がありました。
ここで、うちの牧師を紹介しておきます。『臼井信博牧師』です。
どうぞ・・・・・・

『臼井夫妻』(後) & 『ステルワゴン夫妻』
うしろで笑っていますのが、『のんきなのんちゃん先生』こと、『臼井牧師』です。
彼と話をして<ほんわか>してこない人は、まずおられません。話しやすい牧師だから、
どうぞ、一度お話してみてください。
注 = ちょっとだけ、<Macオタク ! ? >が、入っています。
■ なんとなく・・・・・・ <原爆ドーム>・・・・・・

何も言わずとも・・・
まあ、みなさんも、ゆかれてみてください。
<訴えかけて>きますよぉーー ! !
2000 年 9 月 1 日
■ キューサイ 『 青汁 』キャベツ混入事件のその後・・・
『あんこや』は、<一日 300 g の緑黄色野菜>の摂取を厳しく指導されています。
かぼちゃ・大根などの重たい野菜で 300 g は簡単に摂取できますが、<葉っぱ>中心に
300g は、なかなか難しいです。
そこで、キューサイ 『青汁』を補助食品として、利用してきました。
「これを飲んだら、病気が治った。」などと言う<思い込み>を記すつもりは毛頭ありません。
わたしは、一日に180グラム(2パック)を摂取しています。
■ さて、本題の『キャベツ混入事件』・・・
一時期、販売員さんから「成育が悪くて、数が必要なだけ入らないから、入荷次第こち
らから電話します。」と言われた時期がありました。
しっかり安定供給されるようになって久しい先日<キャベツ混入事件発覚>となりました。
『あんこや』は、「ケールのほうが栄養素が体にいいだけで、もともと、中東では<キャベツ
扱い>されているものだから、どおーッてことない。」と思っていました。
『キューサイ』の対処は、すばやく、丁寧なもので「昨年の<キャベツ混入>したであろう
時期に遡って、その期間にお買い上げいただいた分を無料でお届けいたします。」と連絡
があり、<10パック(70袋)無料>となりました。わたしにとっては<ふってわいた得>です。
■ 南紀白浜のこと・・・
関西の大リゾート『南紀白浜』は楽しい ! 景色が美しい !
遊ぶところが一杯 !
なかでも、『南紀白浜アドベンチャーワールド』は、一日しっかり遊べます。

『パンダ』と『ライオンのお昼寝』
遊園地、動物園、サファリランド、水族館・・・すべてが<高いレベル>でここにはあります。
アシカ、イルカ、オルカ ( 鯱 ) のショーそれぞれが、別々のプールで演じられます。
2000 年 8 月 30 日
■ 卵の食べ方・・・
以前から<かき玉>するときに、「溶いた卵は<ざる>でコスとおいしいよ。」と聞いては
いたのですが、実際やったのは今日が初めてでした。<ふわっ>としてたいへんに Good !
ひと手間のことなので、面倒がらず( 自分のこと ! ? )に、みなさんお試しあれ ! !
■ 自分が<旧型>だからか・・・
インターネットをはじめてから、段々と感じてきたのですが、
― < 情報過多 > になりすぎて、自分の < ピュアな感性 > が枯渇してきた。 ―
ように感じています。 みなさんどうですか ?
2000 年 8 月 28 日
■ 歳くったもんだなあ・・・ ! ?
鈴鹿サーキットで久々に、ジャニーズの『マッチ』=『近藤真彦』選手のドライビングを観
ました。最近の彼は安定してキッチリ走ることができるようになったので、安心して観ていられ
ます。そのピット裏で沢山の女性ファンが待ち構えています。「相変わらず人気があるなあ。」
と思って通り過ぎた時に感じました。
確かに、派手で可愛らしくてキレイな女性が多い ! のですが、あのー、そのー、年齢が・・・
これ以上は、控えさせていただきます ! ?
■ 昨日の礼拝で・・・
礼拝出席者りなかで、ベトナムから来られた女性がおられました。メッセージの箇所が、
彼女の聖書では、何ページのどこか ? がわからずに苦労しました。
一応いろいろ考えて、メッセージ箇所の『使徒の働き』を、その前の前の『ルカ』が読める
単語だったので、探ることができましたが、さっぱりわからない聖書を持ってこられていました。
どなたか、ベトナムで一般的に使われている聖書が何語 ? かメールくださいませんか ?
お願いいたします。
2000 年 8 月 26 日
■ きれいな女性の段階・・・
昨日、鈴鹿サーキットにて外国のチームにいたある女性は白人金髪で身長が 185 センチ
以上ある感じで、きっと元モデルを職業にしていたであろうスタイルと立ち居振舞いの、
『叶 姉妹』顔負けのゴージャスさでした。
日本人だと、それだけ背が高いと、ヒールの低い靴を履くものですが、彼女は 10センチは
ありそうなハイヒールを履いていました。『あんこ妻』は、「あの子の腰が、わたしの胸まである。」
と言っていました。
日本人の女性のきれいさの段階を表す言葉を、その日本語の多様さに<感心>しながら
覚えたことがありますので、ここに順番に記しておきます。
『 華 人 』
『 麗 人 』
『 美 人 』
『 し ゃ ん 』
― ― 普 通 ― ―
『 ブ ス 』
『 異 面 』
『 面 誤 』
と、なります。と言うことは・・・・・・『美人』と呼ばれるくらいのことでは、<まだまだ>で、
『ブス』と呼ばれても<少しもショゲる>必要はないと
いうことですよね。
日本語ってほんとに面白いです。
2000 年 8 月 24 日
■ 今日は、ちょっと短め・・・
『あんこや』ホームページの<諸国漫遊味な旅>コーナーを『三浦光世・綾子ご夫妻』
のページに模様替えいたしました。<味な旅>は、この<カクジツ日記>に含めさせていた
だくこととします。(勝手ですみません。)
■ 面接試験・・・
みなさんも、幾度となく<面接試験>を受けた経験が、おありかと思いますが・・・
『あんこや』は、高校時代から<奨学金>を借りながら生活してきました。大学に入る前に、
<特別貸与>枠の試験がありました。プリントテスト以外に、<面接試験>があり、試験官から
「尊敬する人物を、挙げてください。」と質問されて私の隣りの人が、大声張り上げて・・・
「 と く がぁ― わッ ! い え や〜 すッ ! 」 ( 徳 川 家 康 )
と、やらかすものだから、大爆笑 ! ! が起こってしまい、臨時に休憩となったことがあります。
2000 年 8 月 22 日
■ 『横田めぐみ』さん・・・・・・
北朝鮮と国交正常化の再思考がはじまって、単純に喜んでいていいのだろうか ? と頭をひねって
いました。
『めぐみ』さんの、お母さん『早紀江さん』は、北方キリスト教会と同じ<日本福音キリスト教会連合>
の教会員です。 かつて、署名活動の依頼があり、『あんこや』も、取り組み、お送りしました。
その礼状に「食糧支援を人道上の問題であるというのなら、私どもの『めぐみ』のこともそうではな
いでしょうか ? はやく、帰ってきてほしいのです。」とあります。まさにそのとおり ! ! ですよね。
こんな話も、存在します。「あのお父さんは、なんか<ニヤニヤ>していて、・・・」とか、「涙ながらに、
わめきながら世間に訴えていない・・・」などと・・・・・・
これを理由に支援しない人たちがおられることは、< 本当の罪を免罪 >してしまうことになってし
まいます。
神様の豊かな<めぐみ>を期待せずには、おられません。祈ってください。
■ <倉敷>よいとこ・・・・・・
岡山の倉敷は、いいところです。
まず、<美観地区>が、すばらしいです。

<美観地区> (上) と、『大原美術館』 ( 下 )
上をご覧になれば、何もいうことはないですよね。
わが町『岐阜県美術館収蔵』で『あんこや』が一番好きな『リー・フー・ファン』の絵画を『大原美術館』
にて発見 ! ! して閉館時間まで、見とれていました・・・・・・。
べつに、買うわけでもないのに、備前焼のお店を覗いていたら、招かれて、<お茶>をご馳走になって
しまいました。( この < ぬくい > 感じが、たまらんのよ・・・。)
食べ物は、瀬戸内へ出て、瀬戸大橋のすぐ下、『下津井』で、魚、それも、小魚をご賞味あれ !
シャコを刺身で食べたのは、初めてでしたし、ハゼが絶品でした。
2000 年 8 月 20 日
■ きょうの礼拝で・・・
本日の北方キリスト教会の礼拝では、『あんこや』の理想とするプロ
グラムと、なりました。
せめて、 わたしの司会進行の時くらいは、ひとりでも多くの方にプ
ログラムに参加してもらって、より深い味わいで<神様>の前に自覚を
伴った礼拝をしていただきたく思い、協力をいろいろお願いしておる
わけですが、ひとつは、毎回叶えられています『まこちゃん』特別賛美
です。さすが、声楽専攻して、ドイツまでレッスンにいっただけのことが
あってはじめての高校生などは、ビックリマナコで見とれている光景が
今日はありました。
そして、本日、のメインイベント「アンディイ・フグ選手の入場です !! 」
ではなくて ! ? キャンパス・クルセードに新しく<セイル・オン>出帆され
る 『なおみさん』の<証し>を、お伺いする機会に恵まれて、感謝の時
でした。
今後とも、<証し>の入った礼拝が「主の御名が崇められますように」
用いられることを、切に願っている・・・・・・
『あんこ気分』でした。
※ どなたも、お気軽に北方キリスト教会へおいでください。
TEL < 058 > 324-5660