魔法学校 編入学日 学籍番号
翻訳者・松岡女史 と 挿絵画家ダン・シュレシンジャー氏
ダン氏(51才 イェール大学、オックスフォード大学、ハーバード大学卒)
(ボストンマラソン・・・8位、ニューヨークシティー・マラソン・・・3位)
このダン氏が エコノミークラスで居合わせた 松岡女史に勧めて
ハリーポッターを 日本語に翻訳することとなった。 <国際キリスト教大学>
ファンタジー・サスペンス
⇒ ハリーポッター・第一部 賢者の石 (体験版完備) 初版1999/12/1 506万部 ・・・日本だけで
+携帯版20万 2003/10/22
⇒ ハリーポッター・第ニ部 秘密の部屋 (体験版完備) 初版2000/9/14 433万部
+携帯版13万 2004/10/20
⇒ハリーポッター・第三部 アズカバンの囚人 (体験版完備) 初版2001/7/12 380万部
+携帯版13万 2004/11/25
ハリーポッター・第四部 炎のゴブレット (体験版連載中〜) 初版2002/10/23 350万部
第五部 不死鳥の紳士団 初版 2004/9/1 290万部
第六部 謎のプリンス 初版 2006/5/17 200万部 プラス _?
以上 2006年5月 時点
主人公。 13才, 魔法学校3年生 ( [ アズカバンの囚人 ] 時点 ) 2001年7月in Japan/1999年in the World )
細い足 細面おもての顔、 緑の目に黒い髪、 額に稲妻形の傷。 彼のペットふくろう郵便の名は ヘドウィグ。 -201P-邪悪な力との運命の対決に打ち勝って行く
12才(1998年時点) 13才(1999年時点) 14才(2000年時点) ・ ・ ・ 17才(2003年)で 完結予定
秘密の部屋00/8月in J アズカバンの囚人01/7月 炎の杯ゴブレット2002年/10月発売 in Japan
最終版は既に完成していて 原稿は金庫の中 とのこと!
同時通訳者 翻訳者 静山社社長 松岡 祐子 さん
「机に座る間もなく、膝の上が仕事場。 魔法で飛び回りたいくらい」
世界を縦横にかけめぐる松岡祐子さんの 翻訳したハリー・ポッターは、
若き日のイメージ
( 世界20ヶ国語、 世界35ヶ国語 )で、翻訳され
( 世界100ヶ国 世界140ヶ国 )で、出版されている。
( 世界で 6000万部 1億冊 )を越す、超ベストセラーである。
( 日本では、世界の5パーセント 10パーセント )の発行部数を誇る。
2002年5月 時点
孤児で いじめられっ子、眼鏡をかけ、やせた魔法使いの少年ハリー・ポッター。
このファンタジーとの「運命の出会い」は、
英国の友人との雑談中、偶然手にした分厚い児童書でした。
「ページをめくる手が もどかしくさえなるほど面白くて・・・」
読後、体が震えるほど感激しながら、すぐに版権交渉のため受話器を
手にしていました。
「小さな出版社で、経験も実績もないけれど、どうしても翻訳したい」 と。
文芸作品の翻訳は初めて。 大手出版社3社も 既に名乗りを上げていました。
原作者J.K.ローリングさんは、離婚して乳飲み子を抱え、生活保護を受けていました。
「最初、ハリーポッターの原稿は どの大手出版社からも、送り返された」と いいます。
「そんな作者だから、実績がなくても、私のやる気を認めてくれたんだと思います。
本を生み出した情熱と、私の情熱に相通じるものがあったのでしょうか」
x x x x
「版権を射とめた時は、その1年前に ガンで亡くなった夫から
「お金にならない出版社 (静山社) 」の経営を引き継いだばかりでした。
「夫は、”自由に生きろ”と遺言しました。 でも、夫が情熱を注いだ出版社を
つぶす気にはなれませんでした。 夫は私には、”翻訳の方がむいている”
と言いました。 その矢先に、”ハリー・ポッター”と出会ったのです」
「同時通訳は 瞬間の緊張・・・現場感覚が勝負。 一方の翻訳は、異文化の
移し変え・・・言葉の練り直しの作業という、別の意味で、奥の深い楽しさ」
があると、熱っぽく語ります。
「憶えておくがよい・・・助けを求める者には、必ずそれが与えられる」 これは、
ハリー・ポッター秘密の部屋で、ダンブルドア魔法学校校長の言葉です。 その通り
「本」との出合いは、友人や作者、亡き夫との関わりの中から生まれました。
「この本には愛や勇気といった人生の良い価値観が、読み終えた時に、
ふっと胸に残る不思議な魅力があります。 シリーズ全七巻を並べて
”あーよかった”といえる日が来たら、それが亡き夫を喜ばせる事にもなる
と思います」
上記クイズの答え 全部 右側が正解です。
ある記者とのインタビューによる
某紙2000/11/19付掲載記事より抜粋
クリック⇒ハリーポッター アズカバンの囚人