アジを知る


キアジは不漁続き
  
  春先から初夏にかけて、久里浜や観音崎沖で幅広の中、大アジが釣れる。これが楽しみの一つだった。このアジは脂がこってりと乗っていて、刺し身やタタキにすると絶品だった。

 何時だったか、浦賀中央と描かれたブイの周りで大釣りしたことがあった。まだ、サビキ釣りが全盛のころだった。コマセカゴをオモリのすぐ上に付けることが流行った時期でもあった。

 ミヨシに陣取っていたが、丁度潮先にあたったようだ。他の人の倍のペースで釣れた。入れ食いタイムは小一時間ほどだったが、30cm前後の良型が10尾以上も釣れた。くどいほど脂が乗っているアジもいることを、この時初めて知った。

 ところが、近年このアジがほとんど釣れなくなってしまった。このアジが釣れるポイントは水深が30〜60mのところだ。いわゆる乗っ込みのアジらしいが、金色がかった体色をしていた。これがキアジと呼ばれるアジの中のアジなのだが、中には黒っぽい横縞があるのもいる。これは居着きのアジだと言われている。

 秋から冬にかけては、アジ場の水深は100m前後にもなる。ここで釣れるアジは大抵エラブタの辺りが黒いノドグロと呼ばれている種類だ。春は抱卵し、水深60m前後まで上がってくるが、この時期は水っぽくて旨くない。食べるなら秋から冬だ。この頃はノドグロも少しは脂が乗っている。しかし、キアジには逆立ちしても及ばない。

湾内のアジ釣りは3月下旬頃から


  湾内では3月の下旬頃から、脂が乗った中、大アジが釣れ始める。しかし、近年はがっくりと魚が減ってしまった。安浦、走水、、鴨居港の2、3の船宿がこのアジを釣らせてくれるだけになってしまった。走水や観音崎沖のポイントは潮が速い場所だ。潮が緩む頃合いを見計らって本命の場所を釣ることになる。

 随分と前のことだが、このアジをたくさん釣ったことがあった。幸せな気分で陸の方に視線を移したら、観音崎の小高い丘には山桜の花が点々と灯を点したように咲いているのが見えていた。この辺の山桜は4月10日前後に満開となる。この頃になると毎年このアジ釣りのことを思い出す。

 この時期の釣り場の水深は5、60mだ。大潮廻りは潮が速くてとても釣りにならない。走水沖は特にそうだ。ベテランたちは潮廻りを選んで釣行する。早出の船なら6時から8時ぐらいまでに潮止まりがあるある日を、午後船なら2時から3時ぐらいに潮止まりがある潮廻りを選ぶのである。小潮廻りは釣りやすい潮の日が多いが、概して釣れないものだ。マアジの25〜30cm級が揃う。よく太っていて、脂の乗りは最高だ。早春は湾内の水温が未だ冷たくて、不安定な時期である。どうしても、ムラっ気が多くなる。

 だから、最近は安定して釣れる剣崎や富浦方面に走る船が多くなった。こちらは水深が80m前後とやや深い。釣れるアジは25cm前後の中アジが主体になる。釣った時は結構大きく見える。しかし、クーラーボックスに入れて氷水で〆ると、一回り小さくなってしまうのがここのアジの七不思議だ。まあ、沖合いで釣れるアジは大抵がそうだが。



初夏は30m前後の浅場が狙い目

   アジの旬は初夏である。初夏になると岸近くの浅場の根周りでアジが釣れだす。久里浜港の入り口にいいポイントがあった。少年院の沖の辺りから大塚根にかけてがそうだ。ここいらの水深は、深い所でも30m前後しかない。

 釣れるアジは20〜23cmほどだが、これが脂が乗っていて最高に旨い。釣れたてでも、包丁を入れると身が崩れてしまうほどトロトロだ。このアジの束釣りを堪能したこともあった。船上に居ると焼けるように暑い頃だった。

 三浦海岸側に入った東電沖にもいいポイントが何個所かある。根がごつごつしていて、ちょっと油断するとよく根掛かりした。ここは小型多かった。

 鴨居沖のカモメ団地の前の海も10から15mの水深しかないが、中、小アジ釣りの好ポイントだ。ここでは時期になるとヒラメやワラサが釣れる。凪ぎの日はボートでも行けるような近場だ。私も浦賀の首切り場の下から手漕ぎのボートで出て、岸よりのポイントを狙ったことがあった。夕マズメの一時だったが、何度か入れ食いを堪能した。

 竹岡沖も中、小あじ釣りの有数の釣り場だった。何の魚でもそうだが、アジもその年によって湧きが随分と違う。好、不良が激しい。過去に、大地震があった年はアジの漁獲が多かったなどと言う統計もある。ここ数年アジの漁獲は減っているようだから地震の心配は要らない様だ。

 以前金谷前のポイントが全滅したことがあった。ここはアジがコマセに群がるのが見えるほど浅いポイントだった。原因は海底に溜まったコマセだった。釣り船から撒かれた大量のコマセが堆積して根が荒れてしまった結果だった。潮通しが悪い場所だとこんなことも起きる。

相模湾は深場専門狙い
 
 相模湾の葉山・鐙摺港は、昔からアジ、サバ釣りで有名だ。私も入門当初は、よく通った。一応外海なので、天候が荒れると結構なうねりが出る。台風シーズンと秋サバの時期は重なる。南の海にいる台風の余波で船がゆれ、丸一日マグロになっていたことも何度かあった。その時の排気ガスとコマセとサバの青臭い匂いが、今でも記憶に残っている。

 この辺りの船宿が狙うポイントは、葉山沖、三戸輪沖、城ケ島沖、二宮沖と広範だ。年間を通して80〜110mの深場を狙う。狙いは中、大アジだが、釣り物が少なくなる晩秋から冬場にかけてが最盛期だ。

 釣れるアジはノドグロと呼ばれている類だが、秋から冬にかけては脂が乗って旨くなる。この時期は数も釣れる。一番難しいのが、2、3月の水温が低下する時期だ。魚が口を使わない日がある。
 住んでいる場所が東京湾側ということもあって、最近は行っていない。釣り物が増えたせいで、アジ、サバを専門に釣りに行く機会がぐんと減ってしまったこともある。

冬場は金谷沖の小アジがお勧め
   
   金谷沖のアジはその昔将軍家への献上品でもあったらしい。ここで釣れるのは小アジだが、味がいいことでは知る人ぞ知るで有名だ。

 神奈川県側から金谷港に行くには、久里浜港からフェリーを利用する。始発か第2便に乗れば出船時間に間に合う。船宿によっては、事前に電話を入れると金谷港まで迎えに来てくれることもある。

 ここは、湾奥の小アジが釣れなくなる冬場が狙い目だ。この辺は黒潮本流の影響で、冬でもそれほど水温が下がらない様だ。この近辺に珊瑚の群棲地があるのもうなずける。

 小アジだから15本バリのサビキ仕掛けで釣る。水深が20〜30mと浅いし、タナも10m前後だから能率がいい。殆どが15〜20cmの小アジだが、束釣りは当たり前で、ベテランは2束、3束と釣上げる。たまにだが25cm級の中アジもくる。

 良型は上層のタナで食ってくることが多い。ビシ釣りで、この良型を専門に狙う手もあるが、これをやるとどうしても数が落ちるので躊躇してしまう。

 小さいながらも適度に脂が乗っている。身が甘いのがここのアジの特徴でもある。背中が黄色の、正真正銘の黄アジだ。深場のアジとは一味違う。刺し身やタタキは勿論だが、塩焼き、唐揚げ、南蛮漬けと重宝する。この小アジは半身付けの握り寿司や押し寿司にしてもいける。

湾内の中、大アジは底から1〜2ヒロ、沖合いは3〜4ヒロを釣る
   
 アジ釣りもタナ取りが釣果を決する。湾内の浅場のポイントと沖合いの深場のポイントでは、タナの取り方が違ってくる。久里浜沖や観音崎沖の30〜60mダチだと、大抵底から1〜2ヒロのタナで釣れる。
 大アジなどはむしろベタ底で釣れることが多い。これは潮の速さとも大いに関係する。ベタ底狙いのつもりでも、仕掛け自体は潮に流されて舞い上がった状態の時もあるからだ。

 ベタ底でコマセを撒く。そのまま糸を止めて待つ。潮の勢いでビシが少しづつ浮き上がってくる。仕掛けが丁度タナに運ばれたところでググッとくる。これが、湾内の潮の速いポイントで中、大アジの釣れ方だ。
 剣崎や富浦沖では、タナは通常でも3〜4ヒロだ。コマセが効いてくると、6〜7ヒロもタナが上がってくることもある。

 剣崎沖の沈船周りでは水面からタナを測る。底まで下ろすと根掛かりするからだ。海底の起伏が激しい場所でが、船の移動に伴ってタナも変わる。だから、タナをマメに探る人が多く釣ることになる。このポイントには常に魚がついているらしく、ポイントに入れる日は大抵20尾30尾と満足する数が釣れる。中アジが主体だ。湾内で釣れるアジに比べたら、残念ながら味は格段に落ちる。
中アジは細はリスで
  
 アジは目のいい魚だ。潮が澄むと途端に釣れなくなることが多い。だから、ハリスの選定にも随分と神経を使う。この魚は潮が濁っている時が狙い目だ。

 今はクッションゴムなどもあるから、25cmぐらいまでなら1号のハリスで充分上がる。直ぐ撚りが来て頻繁に取り替えなければならないが、小アジなら0.8号でもいい。食い渋っているような日は極力細ハリスを使うようにする。しかし、サバが廻っている時は1.5号が限界だ。

 細いハリスにすると仕掛けの損傷が激しくなる。私はアジ釣りに出掛ける時は、通常でも仕掛けを20組は作っていく。オマツリしたら潔く自分から切ってしまうことにしている。オマツリ解きでぐずぐずやっていると、その場の人間関係までおかしくなるからだ。

 仕掛けが撚れてくると魚の食いも途端に悪くなるから、解いてもあまり意味がないこともある。しかし、ハリスの値段も馬鹿にならないから頭が痛いのも事実だ。

掛かり釣りならトモに座る
   
 コマセ釣りはコマセが流れて来る位置に陣取った方が断然有利だ。掛かり釣りでは、船はアンカーロープに引っ張られて安定する。だから、必ず潮先は艫(とも)側になる。ただ、風が出てくると船を安定させる為にスパンカーを張る。この時船首は風が吹いてくる方向を向き、風向きと潮の流れとが合成された方向に船が動かされるので、一概には言えなくなる。

 魚は流れてくる餌に向かって泳いでいる。艫に向かってコマセは絶え間なく流れていく。アジはそのコマセに群がるから、群れは船首を頂点とする三角形に近い分布になる。流れの下手ほど魚影が濃くなる勘定だ。

 早起きは三文の得だ。早めに到着して、艫に近い釣り座を確保する。たくさん釣りたい人にはこれがお勧めだ。しかし、船宿によっては、前日から竿が立っていたりする。この業界でも官民の癒着がある。
 
 私は、一番ミヨシに座ることが多い。そこだと、オマツリが多い時は増しオモリを付けてやれば仲間に入らなくて済む。釣果もさることながら、釣りの時ぐらい世智辛い人間関係から開放されたいとつい思ってしまう。

 船を流しながら釣る場合は、潮先は艫だミヨシだと一概には言えなくなる。念のために

ビシ釣り仕掛けはアジの型で使い分ける
  
 仕掛けの全長は2m、枝スの長さは30cm、枝スの間隔は60〜70cm。2〜3本バリ。これが中、大アジ仕掛けの標準だ。ハリス、幹糸とも、太さは1.5号か2号を使用する。

 鴨居沖の浅場で小アジを釣っていた時のことだ。他の客にはバンバン釣れているのに、あまり釣れていない私を見かねて、平作丸のヨッチャンが自分で作った仕掛けを渡してくれた。枝スの長さが10cm、枝スの間隔が40cmでハリ数が5本の仕掛けだった。

 これが的中で、交換した途端に入れ食いになった。この日のアジはコマセに突っ込んで来るような食いだった。それまでも、コマセカゴに近いハリに良く食ってきていた。
 何故この仕掛けがいいのかヨッチャンには聞きそびれてしまった。この世界では、簡単に極意を訪ねてはいけないのである。




走水沖は高級外道が楽しみ
  
  ヒラメ、平成4年7月16日、走水沖、全長75cm、重量4.95キロと書かれた魚拓が手元ある。これは、走水港を出たすぐのところにあるアジ場で私が釣ったものだ。

 潮の流れが速い走水沖では、潮が緩む潮時を見計らって看板の大アジを釣らせる。潮が速くなると、際(きわ)に戻り中、小アジのお土産釣りとなる。

 走水沖の沖合いのポイントはいつでも潮が速いので有名だ。ここは潮止まりの一瞬が勝負だ。潮が緩みだすと途端に魚がバタバタと食ってくる。緩んだとは言え、まだまだ潮は流れている。オマツリが続出だ。明らかにタイと思われるアタリがあった。しかし、途中でオマツリに巻込まればれてしまった。魚が食っているのに思うように釣りが出来ない、これがいつものパターンだ。

 ここら辺はヒラメも多い。最盛期にはこれを専門に狙う釣り人もいるほど、釣れる確率が高い。常連さんには、釣れるポイントに移動すると「...やってみな」と船長が耳打ちする。常連さんの既得権益だ。

 その日沖の大アジは絶不調だった。際(きわ)のポイントを転々としながら小アジを釣っていた。帰港間際のポイントが港前だった。ここで20cm前後のアジが入れ食いになった。と、ロープを引っかけたような鈍い重量感が手元に伝わってきた。

 ジリジリとリールを巻き上げに掛かる。それに連れて、その重い物体も少しづつ上がってくる。手元に伝わる重量感が、じわっとじわっと波動のようにゆっくりと変化する。魚にしては随分とのんびりした波長だ。水深は20mぐらいしかなかった。10mぐらいまでは、そんな調子が続いた。
 それからだ。激しい突っ込みが繰り返しやってきた。まるで大波にさらわれる時のような力強い引きだ。他の客たちも、この異変に気がついたらしい。注目の視線が痛いほどだ。ああ、いい気分だ。
 「もしかしたら....」全部は言わない。わざとぼかす。断言すると途端に逃げられそうで恐かった。

 水面に近くなると、突っ込みは更に激しくなった。体ごと持っていかれそうになる。アジ釣りの仕掛けだから、ハリスは1.5号だ。相手が突っ込んだらリールの逆転レバーをフリーにして、素早く糸を送り込んでやる。根に潜られたらアウトだ。突っ込みが止まったら、急いで巻きに掛かる。短気者が、耐えに耐えた。随分と長い時間に思えた。

 船頭がタモを抱えて側に仁王立ちになる。ボーと浮かび上がったのは、まさにモンスターだった。私には、それが畳一畳分にも大きく見えた。船頭が用意した大アジ用のタモには頭さえ入りそうになかった。船頭は大ダモを取りに急いで艫に走る。その間もモンスターは何度も海中へ突っ込もうとする。

 タモ入れをこんなに長く感じたのは始めてだった。ところが、船頭が繰り出したタモは見事な空振りになってしまった。「馬鹿野郎...」思わず出かかった言葉を飲み込んだ。運が良かった。そのモンスターは僅かにゆらっと体を震わせただけで逃げなかった。私には、船頭がわざと外したように思えてならなかった。この船頭は偏屈者で有名だった。

 かくして、そのモンスターは船上に取り込まれ、何度か足元でバタンバタンと最後の悪あがきを試みた。しかし、もう遅かった。それは確実に私のものになってしまっていた。
 私は膝ががくがくしているのを意識した。長く釣りをやってきたが、こんな状態になったのは初めてだった。まさに、偶然のそのまた偶然だった。
7月に入るとジンタが釣れだす
   
 ジンタとはアジの幼魚の呼び名だ。大体5〜10cmぐらいの大きさのものをこう呼ぶ。7月頃になると、近海ものが魚屋の店頭にも並ぶ。湾奥の船はこれをサビキ仕掛けで釣らせる。

 夏から秋口にかけて、釣り場が盤洲、中の瀬、大貫沖などの湾奥に形成される。この頃になると、キスの乗合船で青イソメの餌に食いついてくるようになる。サッパ、小サバ、カマスなども一緒に釣れる。初心者がワイワイガヤガヤやりながら釣るには最適だ。

 食べてそんなに旨いものではない。唐揚げか南蛮漬けにするぐらいしか料理方法も思いつかない。真面目にやると1束は釣れる。しかし、自然のものだから潮況によっては全く釣れない日もある。年による差も大きい。

 15cm前後に成長する秋口までこの釣りは続くが、その頃になるとイナダの群れが附くようになる。生きたアジを餌に、このイナダを狙うのがまた楽しみだ。

 小イサキにしろ、ワカシにしろ、このジンタにしろ、規制を設けて釣らない様にした方がいいといつも思っている。しかし、職漁船の引き網で一網打尽にされれば結局は同じことだ。かって、久里浜沖のハナダイが網で根こそぎやられたことがあった。魚が戻ってくるまで何年間もかかったことがあった。
 外房の方でも、そんなことがあった。網を引くと根を壊してしまうこともあるらしい。

10月頃から中深場の中、大アジ狙いになる
 
 晩秋から冬場にかけては、観音崎、久里浜、浮島、富浦、剣崎沖の60〜100mダチを狙う。25cm級の中アジから40cm級の大アジまで釣れる。完全な大アジ狙いだと数がでないから、中アジのポイントと交互に攻める。

 この釣りで苦労するのがサバ避け。40cm級の真サバなら大歓迎だが、30cm前後のゴマサバが多い。これは大抵痩せていてちっとも旨くない。これが中層で入れ掛かりになり、仕掛けがより深いアジのタナまで降りなくなってしまう。

 何とか底まで仕掛けを送り込みアジを食わせるのだが、巻き上げてくる途中で残りのハリにサバが食いつき、引っ掻き回されてしまう。サバは横走りして暴れる。せっかく掛かったアジも、これで大概振り落とされてしまう。

 よく、釣れあがったサバを船縁に叩き付けて鬱憤を晴らしている人がいる。気持ちは良く分かるが、周りで見ていてあまり気持ちのいい光景ではないものだ。

 サバはアジよりも水温に敏感だ。水温が下がると一斉に移動して、一匹も居なくなることがる。潮の濁りにも敏感だ。比較的明るいところを好むようだ。サバがアジの深ダナで釣れるのは、底潮が澄んでいる証拠だ。だから、アジの食いが悪いのは、サバだけのせいではないのだ。

ビシの目とコマセの関係
   
 ビシが底に着く前にコマセが無くなってしまうようだとアジは釣れない。コマセカゴの選び方や使い方は非常に重要だ。

 イワシのミンチ用にはアンドンビシが一般的だ。アンドンビシには昔からの網目と最近開発された横目とがある。ビシの掃除に関していえば横目の方が楽だが、他の使い勝手ならどちらでも大差がない。
 水深によって大きさを使い分けるが、竿ビシ釣りの場合には5、60mまでなら100号を、それ以上深い所では130号を使う。手釣りでは27号程度の道糸を使うので糸ふけが大きくなる。この場合は150号を使用する。

 アンドンビシの供給元は何社もないから、網目の大きさは大体統一されている。ところが、ミンチのひきかたは各船宿で全部違う。一番困るのが水っぽいものと粘りっけのない奴だ。これだと、底まで届く間にコマセカゴの中が空っぽになってしまう。

 通常は冷凍のイワシを解凍しておいて、ミキサーでミンチにする。ところが、忙しい時は凍ったままのものをミンチにすることがある。これは溶けると下痢便のようなコマセになる。これを使う時は、凍ったままのをカゴに詰めたり、ビニールの小片でカゴの内側を覆ったりして、落下途中のコマセのロスを少なくするしかない。

 コマセを詰め替える為にビシを引き上げた時、カゴの中がすっかり空になっているようだとアジはまず釣れないと思った方がいい。

タナの探り方(湾内)
 
 入門したての頃は「底ダチを取ったら1ヒロ上げてコマセを撒き、さらに半ピロ上げてアタリを待つ」と教わった。1ヒロは1.5mに相当する。人間の体で言えば、両腕を広げた長さに相当する。

 ヤビキと言うのもある。矢をつがえて、的に向かって構えた格好を想像すればいい。一方の腕は一杯に伸ばし、もう片方は握りこぶしが脇腹に来る。広げた片方の手の指先からもう一方の握った手の拳までの長さをいい約1mに相当する。仕掛け作りも、人間の体のいろんな部分を基準にすることがある。

 最初の頃は、何も考えずに何処へ行っても言われた通りにやっていた。当時の仕掛けの全長は1ヒロだった。ダラッと垂れた状態なら、下バリは底から1m前後を漂っている計算になる。しかし、実際のところは、潮に流されて多少は斜めになるはずだから、もう少し上がっている可能性がある。

 当時は、中、大アジ釣りもサビキ釣りだった。オモリを底に着け、サビキの上部に付けたコマセカゴ(これはオモリなしだ)を限りなく底近くまで降ろしてやる。全長1.8mある仕掛けは袋状に弛む。そこでガサガサとコマセを振るのである。そして、聞くような感じで竿を立ててやる。アジは大抵この時にアタル。底から1m前後のハリに一番掛かってきたような気がする。

 逆さサビキが流行ったことがあった。オモリの直ぐ上にコマセカゴを附けるやり方だ。タナが低い大アジには向いていた。コマセを撒いたらフワッと仕掛けを弛ませてやるのがコツだった。

 最近はほとんどビシ釣りに変わってしまった。仕掛けの全長が長くなる傾向があるが、これは餌取り対策の意味合いが一番強い。仕掛の全長が変われば当然タナの取り方が変わる。至極当然の話だが、気が付いたのはつい最近のことだ。

タナの探り方(沖合い)
 
 船頭の指示ダナは、通常3〜4ヒロだが、コマセが効いてくる5〜6ヒロまで上がってくる。水温や潮の濁り具合、天候も関係するから、最後は臨機応変に自分で探らなければならない。
 サバが底の方で釣れる時は、底潮が澄んでいる証拠だ。この様な条件の時はアジはあまり釣れないものだ。サバは水温にも敏感だ。潮が冷たくなると何処かへ移動してしまう。
 剣崎沖の沈船周りで釣る時は、底まで仕掛けを下ろすと根掛かりする事が多い。ここでは水面からタナが指示されるから、底までは降ろさない様にした方がいい。狙うタナによっても釣れるアジのサイズが違ってくる。大型の群れは上層にいる場合が多い。集中攻撃せずに、タナをいろいろ探った方がいい。
 同じポイントに入っていても、潮時によってタナが変わる。魚自体が移動する場合もあれば、船の移動に伴う水深の変化もある。食いが悪くなったらタナボケしない程度に、タナを探り直してみることだ。潮が効いてくると、アジのタナは上ずってくる傾向がある。

 ビシが舞い上がるほどの強い潮流の時もある。このような時は、底に着いたビシが浮き上がり、タナに到達した時点で食わせるようにイメージする。



潮が濁ったらチャンス
 
 アジは目のいい魚だから潮が澄んだらお手上げだ。だから、時化後の濁り潮で荒食いしたりする。

 潮が流れない日も最悪だ。湾内では、潮廻りと潮の速さとは大いに関係がある。大潮だと上げ潮下げ潮がきつくなる。釣りにくいが、この方が魚の食いはいい。しかし、沖合いでは黒潮本流の影響も受けるので、そう単純ではない。我々素人には、なかなか読めない部分である。

 水温が急変した時も駄目だ。水温の変化は風がもたらす場合が多い。気候が急変した直後はアジ釣りには行かない方がいいかもしれない。

 アジは釣れだしたら、天候や潮が急変しない限り1週間ぐらいはそれが持続する。釣り情報を見てから駆けつけても、すぐいなくなるイカなどと違って充分に間に合うものだ。

サバ避け対策
 
 誰でもサバよりはアジが釣りたい。しかし、大抵アジよりはサバの群れの方が優勢だ。それに、サバの遊泳層はアジのそれよりも高いのが普通だ。アジの遊泳層に仕掛けが届く前にサバが食いついてしまう。漸くアジが釣れても、巻き上げる途中でサバが食いつき暴れまわり、唇の弱いアジを振り落としてしまうこともある。

 サバ避け対策がいろいろと考えられている。まず、魚の目を引く夜光玉を外す。それでも駄目なら空バリにする。それで駄目なら1本バリにする。ハリも金ではなくて銀にする。などなど...。
 私はハリスの長さを長くするのも手だと思っている。食いしん坊のサバはコマセの煙幕に突っ込んでくる。コマセの煙幕にサバを引き付けておいて、ハリをアジの居るところまで運ぶやり方だ。もちろんこの時は1本バリにする。

 細ハリスにする作戦を考えた事もあった。サバが掛かったら直ぐ切れてしまう1号ぐらいの枝ハリスにする。そうすると、せっかく掛かったアジを振り落とされる事も無くなるだろうと考えたのである。いろいろ考えているだけでも、釣りに行った気分になり、無性に楽しくなる。

付け餌の工夫を
   
 付け餌は紅染のイカタンが一般的だが、樹脂で作った人工のイカタンもある。釣り具メーカーに勤めている知人に切れ端を大量に貰った事があった。何度か使ってみたがそれほどインパクトがなかっので、使わずにいる。

 青イソメが非常に効果的な日がある。何でも青イソメは水中で光って魚の好奇心を引くらしい。私自身が潜ってこの目で見たわけではないので、確証はないが。

 春先、イサキ釣りの外道でアジがたくさん釣れる事がある。ウイリーもアジ釣りには効果があるようだ。サバもウイリーが大好きだ。だから、サバの多い日にはウイリーは使えなくなる。そうなると、イサキ釣りでもイカ玉の出番だ。イサキ釣りの場合は、赤くは染めていないが。

 大アジや外道のマダイに効果的なのが、イワシのミンチの中に入っている通称キモと謂われている小豆粒大の内蔵。これを暇な時にミンチの中から選び出しておいて使うようにする。筋肉質で硬いからハリに刺しても充分使える。

釣り場



走水沖
  
 馬堀海岸から走水小学校にかけての沖合いに好ポイントが点在している。この辺りは東京湾でも一、二を争う急流地帯だ。走水もの地名もこれと関係があるらしい。
走水に伝わる日本武尊と弟橘姫の伝説は有名だ。東京湾を海路千葉県側に渡るには、走水と富津岬を結ぶ線が最短距離だ。この間はたったの6キロしかない。
 
 古代にはこの道は重要な官道であったらしい。そして、非常な難所でもあったようだ。
 近くの走水神社には、海人の怒りを静める為に海に没した弟橘姫が祭られている。伝説が有名な割には、走水神社は寂れてしまっている。
 
 もともとは今の位置から数百m離れた御所ガ崎にあったものだが、戦時中、砲台や地下要塞を築く為に移設させられてしまった。
 ちなみに、観音崎の丘の至る所に横穴古墳が眠っている。その昔、ここは一大霊場だったのではないかと私は思っている。

 走水沖のポイントは小潮廻りで潮が弛む時期や、他の潮廻りでも潮止まりの一時しか釣りにならない。ここのアジは速い潮にもまれ、豊富な餌を食べているせいで絶品だ。
 春先の乗っ込みの時期にはキロ級の大アジが3、4号のハリスをブツブツ切っていったものだ。早朝に歩があるので、走水港には午前4時出船の船もある。最近釣れるアジは一回りも二回りも小さくなってしまった。そっして、上がる数も激減した。

 乗っ込みのアジで思い出すのが下浦沖だ。野比海岸の沖に小さな岩礁が顔を出している場所がある。三磯(ミツイソ)と呼ばれている。毎年春から初夏にかけて、この周りに40cmを優に超す大アジの群れが入ってきていた。
 夜明け前にボートを漕ぎ出し待っていると突然群れがやってきた。早朝一瞬の勝負だった。水深は10mもない。アタリは強烈だし、掛かると闇雲に横に走りまわる。イナダどころ騒ぎでない。下手をすると5号の糸までぶっちぎられてしまう。

 走水の港前では、夏から秋にかけて小アジが釣れる。走水に通うぐらいの釣り人だと、小アジなど釣らせると次から来なくなる。だから、ここを攻める時は沖が不調で土産が取れていない時だ。魚影が濃くて、30分も釣ればいい加減土産が出来る。

鴨居沖
   
 鴨居のカモメ団地の真向かいにあり、浅いところだと水深は10mぐらいしかない。ここは、夏から秋にかけて、中、小アジ釣りの好場所だ。秋口にはこんな浅場にもイナダ、ワラサが回遊してくる。釣った小アジでこれらの端モノを狙ってみるのも面白い。良型のヒラメも出る。大物は朝の一発目が勝負だ。これは他の端物釣りの場合でも同じだ。

 ここのアジはビシが見えるほどの浅ダナで食うことがある。ここで使う仕掛けも特殊だ。枝スの間隔を40cmほどにツメて、ハリ数も5本程度と多くする。サビキ仕掛けを使っても面白い。そのままだと絡み易いので、5号ぐらいのオモリを先端に付けてやるといい。イカタンも小豆粒ぐらいに小さくする。

観音崎沖
  
 春先の乗っ込みのアジが60〜80mダチで釣れる。タチウオのポイントと概略重なる。浦賀中央のブイ周り、灯台と富津の砂州を結ぶ線と航路が交わる辺り、京急ホテル寄りにずっと入り込んだ辺りの岩礁地帯などポイントが点在する。

 深場では中、大アジが、浅場の岩礁地帯では小アジが釣れる。通年狙える場所で、走水と鴨居の船宿のテリトリーだが、中、大アジ狙いの時期には久里浜の船も加わる。
 潮通しがいい場所なので、いつでも釣りが出来るわけではない。これが資源保護に一役買っているようだ。           

剣崎沖
 
 剣崎沖と言ってもかなり洲の崎寄りにある。中、大アジでは最も安定した釣り場だ。通年狙えるが、秋、冬、春が釣り期になる。水深は100m前後で、ポイントは広い。居着きの魚を狙うのではなく、回遊している魚をコマセで船に集めて釣るような形になる。

 タナは通常3〜4ヒロだが、潮況によっては5〜6ヒロも上がることがある。大アジはコマセに突っ込むのではなく、やや離れたところで捕食する。ところが、中アジは活性がいいとコマセの煙幕に突っ込んでくる。この辺の習性を考慮して釣ることも必要だ。

 タナがなかなか決まらない日はコマセシャクリに近いやり方で広くタナを探る手もある。中アジはこの釣り方でも結構釣れる。大アジは、シャクッタ後の待ち時間を長く取った方がいいようだ。

 大アジは上昇する餌よりもユラユラと落ちていく餌により反応する。竿先を水面近くまで下げ、そこから頭上一杯まで竿を振り上げてコマセを広範囲に散らす。それから竿を元の位置に戻して30秒ほどそのままでアタリを待つ。こんな釣り方で大アジを連釣したことがあった。

 釣り座の差は如何ともし難い。しかし、潮先は常に変わるから、一日の内で一度や二度は必ず自分にもチャンスが巡ってくる。腐らずじっとその時を待つことだ。
 釣りは人生そのものだ。ウデや努力だけではどうしようもないことが多々ある。

久里浜沖
 
 久里浜から金谷にかけて、浦賀水道を横切るようにポイントが点在している。水深が60〜100mほどで、主に中、大アジが釣れる。航路内にあり、本来なら釣り禁止になっている場所を釣ることもある。海上が混雑している日は、すかさず巡視船が飛んでくる。
お役所は既得権益には弱いところがある。海上保安庁も「...丸!船を航路から出して下さい」とあくまでも丁重だ。

 浦賀水道は海の銀座と言われているぐらいに船の通航が激しい。釣り舟の側をひっきりなしに大型の外洋船が通過していく。大波が横っ腹に当たると、前のめりに振るい落とされそうになる。

 このポイントでは、外道にムシガレイやトラギスやドンコが顔を出す。だから、海底は岩礁地帯ではなさそうだ。かって、ソゲを釣ったこともあった。それ以来、シコイワシなどの小魚が釣れると、それを餌に2匹目のドジョウを狙ってみるのだが、その後は一尾も顔を見ていない。それらしいアタリは結構あるので、可能性としては充分あると思っている。

 鴨居沖から第2海保にかけては、毎年のようにヒラメの稚魚が放流されているとも聞く。東京湾にはヒラメを専門に狙う船宿がない。そんなことを考え合わせると、ヒラメはかなり居るはずだ。
 マダイもよく連れる。タイを釣るには、ミンチの中から拾い出した胃袋(釣り人は肝と言っているが)を餌にする。大き目の肉片でもいい。年中釣れるが、春先の乗っ込みと秋ダイのシーズンが狙い目だ。
 大アジは大抵拾い釣りになる。だから、潮先の人に釣れる確率が高い。まあ、釣りには運不運がつきものだ。気長にチャンスを待つしかない。

 ここで釣れる幅広のアジは脂が乗っていて食べては最高だ。数が釣れなくなって、このポイントを狙う機会は激減した。大抵の船は、釣果が安定している剣崎沖に走るからだ。ここは秋から翌年の春にかけて狙うポイントだ。

久里浜港前
 
 少年院の沖から大塚根のブイの周りがポイントで、水深は20mほどしかない。夏の間、中、小アジが釣れるが、年によって随分とムラがある。

 ここで釣れる22、3cmのタタキサイズのアジは、それほど大きくないのにギロンギロンに脂が乗っている。釣れ盛ると50〜60尾も釣れるからたまらない。潮の濁りが強い日には、黒メバルの入れ食いになったりする。

 知人の船外機付きのボートで朝マズメを釣り、ほんの2時間ほどで束釣りをしたこともあった。この時はサビキ釣りだった。知人はサビキ釣りを得意としていた。コマセを振ったら仕掛けを一瞬弛ませるのがコツのようだった。

竹岡沖
 
 小アジは10mダチ、中アジは20〜30mダチを攻める。夏から秋口にかけて最も安定して釣れるポイントだった。しかし、最近は久里浜辺りの船が攻めなくなってしまった。

 30mダチでも15m前後の中層でバンバン釣れた。浅ダナなので効率のいい釣り場だった。秋口にはイナダも回遊してきた。活きアジ餌で、ほんの小一時間ほどで5、6尾も釣ったことがあった。30cm級のイサキや黒メバルやクロダイも釣れた。時期には10cm前後の水カマスが入れ食いになることもあった。
 最近は久里浜の船が攻めなくなったのでしばらく行ってない。だから、過去の話である。

沖の瀬
 
 ここではジャンボイサキを釣っていて、いいアジが随分と釣れた。25cmほどの中アジで、いつも20尾、30尾と釣れた。それでも、ここではあくまでもイサキ釣りだからあまり嬉しい獲物ではなかった。
 タナはイサキとほぼ同じか、それより若干低めだった。イサキのタナが55mだから、アジのタナは57、8mと言ったところだ。ウイリーにバンバン食ってきた。

 ここのアジは外海で取れたものにしては非常に旨かった。脂が乗っていて、沿岸でとれる黄アジみたいに甘みがあった。時期にもよるのだろう。イサキ釣りの外道だから甚だうるさい存在なのだが、正直なところ食べてはこのアジの方が旨かった。

相模湾
   
 相模湾では、城ケ島、三戸輪、二宮沖に好ポイントがある。何れも水深が100m前後と深い。釣れるのは中、大アジだ。秋から冬にかけて、外道のサバと同様脂が乗って旨くなる。
 私はこの地域には殆ど出掛けることはない。行ってもせいぜい城ケ島沖ぐらいだ。ここではいつ行ってもサバに悩まされた。サバがいなければアジは大釣りができるのにと恨めしく思ったものだ。
 最近は釣り物が随分と多様になった。だから、周年アジ釣りを看板にする船宿が相模湾と言えども少なくなってしまった。釣り物が少なくなる相模湾の冬場の救世主と言ったところだ。

仕掛け


久里浜港前・鴨居沖





金谷・保田沖




中・大アジ




ハリ
   
 ハリは小さい方が食いはいい。しかし、魚の大きさに合わせたものを選ばないと外れ易かったり、曲がったりと逆効果になってしまう。

 アジ釣りには、ハリ先が内側に曲がっているネムリバリやコンニャクバリが用いられる。これは唇の周りが弱いアジが、釣り上げる途中でハリ穴が広がってもばれないようにと考えられたものだ。通常は金コンニャクの2〜3号だが、浅場の大アジ釣りには4号を使うこともある。

 ハリにも、中には折れたり伸びたりする不良品がある。ちっぽけなモノに目くじら立てることもないのにと思う御仁も居るかもしれないが、戦に出る兵士の刀と同じで疎かには出来ない。ハリが折れて、千載一遇のチャンスを無くしてしまうことだってある。

 最近の釣り具業界は大資本による寡占化が進んでいる。だから値段も安くならないし、サービスもあまり良くないのである。私は釣具の商売をしたことがあるから、原価をよく知っている。我々電機業界から見たらうらやましい限りの大名商売だ。

 船宿の横並びの料金の馬鹿高さも論外だ。FRPの釣り舟は廃船の処理に打つ手がない状況なのに、どんどんと新造船が建造されてきた。充分使える釣り舟が惜しげもなく捨てられている。この無駄は全部我々釣り人の懐から出ていると思うと鳥肌が立つ。
 そんなことを思ってみても週末には尻尾を振って船宿に向かっている。ストレスの発散場所がそんなところにしかないのも異常なのだが。

ハリス
 
 水深が浅いところで、35cm級の大アジが釣れるようだと2号が無難だ。しかし、水深が60〜80m程度であれば、無理をしないかぎり1.5号でも切られることはない。中アジクラスなら1.2〜1.5号でも大丈夫だ。

 アジは目のいい魚だから号数はなるだけ落とした方がいい。しかし、魚の活性がいい時は太めにして、手返しよく釣ることも必要だ。チャンスは再び巡ってくるとは限らないから、チャンスには精一杯釣ることだ。

 フロロカーボンがお勧めだが、デイスカウントショップなどには不良品が流れてくることがあるらしく、私も一度ならずも被害に遭ったことがある。

 不良品は外観で大抵判別が付く。白濁したり、外形が凸凹したりしている。販売店を通じて抗議をしても問題ないと突っぱねられて、詫びの一言もなかった。

リール
  
 手巻きリールこだわり派としては、電動リールを取り上げないことにする。というのも、私は未だ電動リールを使ったことがないのである。TVなどで釣り具の紹介をするキャスターたちは釣具メーカーお抱えのフィールドテスターと称する仕掛け人たちである。その彼らがもっともらしく使う姿を映像で見せられるとよけいに反発したくなるのである。

 公共の電波が見る人に与える影響は甚大だ。画面に出ると、どんなことでも普遍性を帯びるようになる。それほど必要でない高価な釣り具もバンバン売れたりする。人間もそうだ。タレント、評論家、学者、政治家まで、みなそうだ。まあ、釣りは道楽だから固いことを言うのは野暮かもしれないが。
 中型の両軸リールに新素材の道糸4〜6号を300mほど巻いておけば、深場のアジに限らず、水深150m近くを釣るヤリイカ釣りにも使える。道糸は10mごとに色が変わるようになっている。そして、各色は1mごとにマーキングも施されている。

 今時デプスメーターの付いていない中型のリールはないが、精度が今一つなので、タナ取りにはこの道糸のマーキングも併用するといい。
 メーカーや機種によって、直ぐ腐食したり、ネジが抜けたり、ストッパーが効かなくなったりする。このような情報釣り雑誌でも釣り具の量販店でも教えてくれないから、釣り仲間同士で情報交換するしかない。

 町の釣り具屋さんは対面販売だったから、釣りに関する様々な生の知識を随分と聞かせてもらったものだ。ところが、大型量販店の繁栄とともに、バタバタと廃業が増えて今や壊滅状態だ。今でも私は三崎漁港の近くにある釣具屋に時々顔を出すが、漁師も出入りするし、店主自身が漁に出るので生の情報収集には重宝する。

竿
   
 ビシ竿と銘打って全長1.5〜1.8m、オモリ負荷100〜150号のゴツイ棒のような竿が売られている。頑丈一点張りで、素材はグラスで出来ている。反発力が強く、粘りが少ないカーボン素材で同じ形状に造るともっと棒みたいに固くなってしまうからだ。

 私は万能竿を使用しているが、これだと1万円以下で買える。今使っているのは私自身が開発した物で、ハイブリッドカーボン製だ。全長が2.7mで替え穂が付いている。

 この竿があればキス、カワハギなどの小物以外はすべての魚種に対応できるようになっている。
 魚種別に竿を準備するようになったのは釣り具メーカーに洗脳された結果ではないかと思ってしまう。竿の調子でそんなに釣果が変わるものではないのだ。

 私の万能竿は6:4ぐらいの調子で、やや胴に乗るようにできている。太い方の替え穂はオモリ負荷が60〜80号に設計されている。だから、水深100m近くにある130号のビシをガサガサ振ってコマセを撒くには多少骨が折れる。
 しかし、魚が掛かったら、多少うねりがあろうが、船がローリングしようが魚がその為にばれるようなことはまずない。

 短竿だと竿の持つ弾力性や振動の吸収性が極端に落ちてしまう。唇の回りが柔らかいアジは、上げてくる途中でハリ穴が広がってばれ易くなっている。ちょっとしたショックで外れてしまう。だから、軟らかい竿が食い込みでも、巻上げでも有利だ。

クッションゴム
  
 唇が弱いアジにはクッションゴムは非常に効果的だ。市販のクッションゴムも様様なものが売られているが、中には剛性が強くてアジには向かないものもある。

 私は重宝しているのは事務用の平ゴムだ。通常は、幅が5mm、折り曲げ長さが15cmのものを2個使いにして使用する。2個使いだと、1本が駄目になっても後1本残っているので安心だ。ダブルスナップのサルカンを両端に付けると、簡単に取り外しが出来る。

 生ゴムは年月が経つと劣化してくる。頃合いを見て交換しなければならないが、1本が20円程だから出費は少ない。幅が広いので、上げ下ろしの際に仕掛けが回転してしまう欠点があるが、撚りが掛かるほどではないから我慢して使っている。
 アジにあった弾力性があるのは、これだと思っている。

コマセカゴ


  負荷オモリが130号のものがあれば浅場から中、深場までカバーできる。同乗者たちはビシが軽くて流された時は文句を言うが、重いビシを使っていて潮上の人とオマツリしてもあまり文句を言わないものだ。初心者は重いビシを使っている方が周りの小うるさいベテランどもから文句を言われずに済むかもしれない。

 ビシの目には、網目と横目の2種類がある。掃除のしやすさでは横目だが、他の点ではあまり差がない。好みの問題だ。
 
 一番大事なのは、底まで着く間に流出するコマセの量を如何に少なくするかだ。ビニールのスカートをはかせたりした時代もあったが、今は見なくなってしまった。目の細かいコマセの場合は、カゴの内側にビニール片を詰め込んで目を塞ぎ、出を少なくしたりする。

 使っているとカスがカゴの中に溜まってきると、新しいコマセがあまり入らなくなってしまう。頃合いを見てこれは捨ててやらないといけない。
 詰め換えでコマセカゴを引き上げた時コマセが丸々残っていることがある。これはコマセの詰め込み過ぎだ。そのまま再投入したのでは同じことだから、一旦指でかき回して隙間を作ってやるといい。

食べる



フライ
  
 中アジはフライが断然美味い。しかし、素人がフライ用にアジを開くのはなかなか難しい。私は三枚におろすことにしている。刺し身やタタキを作る時と同じだ。腹骨、中骨、小骨、皮を除く。これに衣を着けて油で揚げればいい。
 処理が終わったアジに軽く小麦粉をまぶし、それを溶き卵に浸す。これにパン粉をまぶし、キツネ色になるまで揚げる。パン粉がない時は小麦粉をまぶしてもいい。ムニエル風に仕上がる。
 水で溶いた小麦粉を付けて揚げれば天ぷらだ。この程度の料理は釣り人の余興みたいなものだ。
 出来上がりは多少小ぶりのフライになるが、皿いっぱいに並べれば釣り人ならではの豪華料理になる。

干物(一夜干し)
  
 たくさん釣れた時は干物が一番だ。頭を落し、腹開きにする。干物造りは塩加減がすべてだ。自家製なら薄塩に限る。万遍無く塩が廻るようにするには塩水に漬けるのが一番だが、たて塩をしてそのまま乾かしてもいい。

 我が家のように団地住まいだと天日干しは無理なので冷蔵庫の中で乾かすようにする。塩を振りかけた後時間が経つと、魚から水分が染み出してくる。これはペーパータオルで拭き取ってやる。大きさにもよるが1日ぐらいが干す目安になる。

 干物だと冷凍保存が出来る。外気に触れない様にタッパーウエアやビニール袋に入れ密閉しておくと1ヶ月や2ヶ月は美味しく食べられる。
 干す時には適当な大きさのザルがあれば重宝する。観光地や縁日などで見掛ける何枚一組のものでいい。組ザルは、大きいのが直径が50cmもある。これは縁に布を巻きつけて、イカやアジの手釣りで手繰った道糸を収納するのにも使える。
 ベランダでちょっと干すには、釣り道具屋で売っているぶら下げるタイプの干しカゴも便利だ。最近はやたらと犬を飼う輩が増えて、近所の道端はパリ並みに犬のうんこがごろごろ転がっている。ウンチバエは撃退するに限る。
 冷蔵庫の中で使うなら、天ぷらの油切りや寒天流しに割り箸を渡してその上に並べて干してもいい。

刺し身
  
 死後硬直前に捌いたものは時間が経つと水分が出てくる。こうなると水っぽくって旨くない。死後硬直前のものは食べる直前に調理した方がいい。そんな活きのいい魚は、釣った魚といえども寄港間際に釣った何匹かしかないから、あまり神経を使う必要はないが。
 釣りたてはコマセの詰まった腹を上手く処理すれば、生臭みがぐんと減る。遊漁船で釣ったアジで一番惜しいのが、魚に染み付いたイワシのミンチの生臭さである。職漁船が釣る関アジのようにコマセなしで釣ると、我々の釣るアジもそれに負けず劣らずなのにと残念に思うことがある。
 三枚におろすのは、その時食べる分だけにする。身が外気に触れると脂焼けして変色するし、味も悪くなる。変色は、特に血合いの部分が激しくて、いかにも不味そうな色になってしまう。

甘露煮
 
 これも小アジの料理だ。素焼きにする。これを冷蔵庫の中で1、2日間ほど乾燥させる。これをとろ火で骨が柔らかくなるまで水煮にする。

 落とし蓋が要るが、なければアルミホイールで代用する。その際、酒、味醂、砂糖、ダシの素などを適当に加えておく。途中で水がなくなったらお湯をさす。

 骨が充分軟らかくなったら醤油を加えて照りが出るまで煮詰める。適宜味を確かめながら砂糖や水飴を足してやる。

 素人料理だからどうしても煮崩れしてしまう。まあ、外見よりは味で勝負だ。煮崩れを気にしなければ、素焼きなしで生のまま煮てもいい。

唐揚げと南蛮漬け
   
 小あじはゼンゴ、エラ、内臓を取り除き、片栗粉をまぶして油で揚げる。我々釣り人は、揚げたてのアツアツをご飯替わりに食べる。残りは南蛮漬けにする。これは保存がきくから暫く食べられていい。

 南蛮漬けはタレが決めてだ。醤油、味醂、酢、砂糖の割合で好みの味に調整する。混合したら一旦沸き立たせてから使う。揚げたてを片っ端からタレにぶち込むか、揚げたてに熱いタレをぶっかけるかする。そうすることで、味が中まで良く染み込む。
 玉ねぎのスライス、唐辛子も必需品だ。しゃれてベランダに植えてある緑の香草を入れてもいい。

こぼれ話



韓国でもアジはアジ
   
 韓国人も魚が好きだ。ソウルでも他の地方都市でも、飲食街では日本食堂の看板をよく見かける。韓国で、ハングルの看板の洪水の中に漢字が目に付いたら、それは日本食堂か中華料理屋だ。
 韓国は一時期漢字を捨てた。だから世代によっては漢字の読み書きが出来ない人も居る。
「日式」と書いてあれば日本食堂だ。これらの食堂は、何処も刺し身が売り物だ。韓国は活魚の流通が日本よりも発達している。活けのヒラメ、カサゴ(ソイ?)、スズキ、ワラサ、スルメイカなどが潤沢だ。市場へ行っても簡単に買える。
 日本食堂は多種多彩な突き出しが売り物だ。まず、食べきれないほどの様々な料理が目の前に運ばれてくる。これは当地の習慣だ。突き出しが貧弱だと客は二度と来なくなる。突き出しは主人と料理長の度量と腕の見せ所だ。
 これを知っているから、韓国人を日本でもてなす時にはかなり恥ずかしい思いをしてしまう。日本では高級な店ほど小さな器にちょっぴりづづ料理が入って運ばれてくるからだ。
 日式の料理は魚介類が中心だ。煮物、焼き物、揚げ物となんでもあった。貝、イカ、タコなどの軟体動物はコチュジャンで和えたものが多かった。現地ではコマと言うサルボウガイやホヤもよく出てきた。種類がはっきりしないがフグもあった。フグの皮のコチュジャン和えがまた美味かった。
 ケジャンも突き出しの常連だった。これは活きたガザミをぶつ切りにしたものを甘目のコチュジャンで和えたものだ。

 冷凍マグロの刺し身も大皿で出た。カジキのトロの部分でギトギトと脂ぎっていた。調子に乗って食べ過ぎると、翌朝必ず下痢をした。

 韓国では会社が用意してくれたアパートに住んでいた。もっとも隠れ家も、あってそちらに居るり時間の方が長かったが。
 日本語の達者なおばさんが住み込みで働いてくれていた。このおばさんが韓国の家庭料理を毎日つくってくれたから、今では韓国料理には全く違和感がない。韓国生活と縁が切れた今でも、時々刺激のある韓国料理が無性に食べたくなる時があって往生している。
 アパートは京畿道水原市と言う所にあった。ソウルから車で小一時間ほどのところだ。ここは三星財閥の企業城下町でもあった。
 水原市はカルビ焼きでも有名だ。古い民家の庭で素朴な造りの卓を囲んで食べるカルビ焼きはなかなか情緒があっていいもんだ。ここのカルビ焼きは、タレに漬け込んだ肉を網の上に巻き物を広げる様にして焼く。両面が程よく焼き上がったら、店のものが裁ちバサミで食べ易い大きさにジョキジョキと切ってくれる。冷麺にも、この裁ちバサミが活躍する。最初の頃はこれがおかしくて何度も吹き出しそうになった。
 アパートのおばさんは頭のよい人だった。最初はいろいろ質問しながら日本料理もどきを造ってくれていた。しかし、そのうちだんだんと韓国料理が増えていった。最後はおばさんのペースに巻込まれて、大の韓国料理好きになっていた。
 このおばさんの一番の難題が魚料理だった。市場で買う魚は鮮度のばらつきが極めて大きかった。大半が冷凍モノだが、流通も保管も日本ほどは厳密に管理されていなかった。おばさんの買ってくる魚は大抵私の判定基準を満足しないのだ。辛うじて合格ラインに乗っかるのが、アジとカレイと縞ホッケしかなかった。これらでも濃いタレの煮付けにして食べるのがやっとだった。アジは40cmもある大アジだった。アジはこちらでもやはりアジだった。
 一番の楽しみはキムジャンの頃に、仕込み中の白菜と食べる生牡蠣だった。塩漬けの白菜の甘さ、コチュジャンの刺激、生牡蠣の旨みがよく調和した。私は4度これを体験した。

Aさんのこと
 
 Aさんは片足が悪かった。いつも引きずる様にして歩いた。彼との出会いは20代の後半だった。私よりは4、5歳上だっただろうか。痩せていて女のような優しい顔していたが、心や体に傷を持つ人が時折見せる居直りが気になることがあった。エリート社員ではなかったが、面倒見がいいこともあって、周りからは一目置かれる存在だった。
 私を最初にアジ釣りに誘ってくれたのが彼だった。会社の釣り会で知り合ったのが、そもそものきっかけだった。会社の釣り好きたちのほとんどは、社長が主催する社内の釣り大会にしか興味を示さなかった。そのことに関して、彼はおおいに不満を持っていた。「俺は行かない」と社内の釣り大会には決して出ようとはしなかった。その彼が一人でせっせと通っていたのが、小柴港から出船するアジ釣りだった。
 月一回開催される社内釣り大会は、オーナー社長のポケットマネーで運営されていた。参加費は無料だった。道具代もただだし、弁当、賞品付きで、至れり尽せりだった。会社の幹部たちも揃って参加した。魚に関心がなくても、野心がある社員には絶好の社交場だった。その後社長が急逝し、参加者は激減した。
 Aさんの釣りは欲のないものだった。何匹か釣れるとワンカップを取り出し、竿を放り出したままちびりちびりとやりはじめるのだった。1本飲み終わる頃には、もうこっくりこっくりと舟を漕いでいた。ゆったりとした、いい光景だった。「船代分ぐらいは釣らなきゃ」としゃかりきになっている自分が恥ずかしかった。

 帰路、小柴港にほど近い彼の家に立ち寄り、よく夕飯をご馳走になった。美人の姉が居ると評判で期待して行ったものだが、残念ながら一度も顔を会わせたことがなかった。おふくろさんがまた感じのいい人だった。早くにご主人をなくしたとも聞いたが、開けっぴろげで元気なおばさんだった。
 カワハギ釣りの帰りだった。鍋を囲んでカワハギとウマヅラハギとの違いを口角泡を飛ばしながら議論を始めたことがあった。たわいもない話である。「調理してしまえば、鍋でも刺し身でも違いはない」と言う結論だった。肝が美味いのだと言うこともこの時に知った。私は内陸育ちで、それまで魚のことはあまり知らなかった。
 Aさんは私より先に退職して自営の道を選んだ。その頃にはほとんど没交渉になっていた。会社の中で、些細なことでけんかをしたことが引っかかっていた。送別会にも出なかったような気がする。

 我々の時代は、まさに変化の時代だった。特定の価値観にしがみついているとたちまち置き去りにされた。周囲の変化に盲目的についていくしかなかった。周りの景色も、取り巻く人々も次々と現れては消えていった。
 今50代になってしまった。懐かしさやら怨みやら後悔やら感謝やらが記憶の中で錯綜している。

牛乳盗人
 
 沖釣りを始めた頃は、横浜の金沢区に住んでいた。定宿がある小柴港までは京浜急行で2駅の近さだった。所帯を持ったばかりで1DKの貸しアパート住まいだった。経済的な余裕などなかったはずだが、何かに追いたてられるように毎月4、5回は海に出た。

 その頃の私の定宿は、小柴港の小金丸、久里浜港のムツ六、松輪港の棒面丸だった。小金丸は自宅から近かったせいもありよく通った。
 金沢文庫駅で降りて、鎌倉時代の古刹称名寺へとたどる狭い小道を20分も歩くと海岸に出た。道の両側は閑静な住宅地だった。秋口には金木犀がよく香った。早朝の門前町はひっそりとしていつも静かだった。
 海岸に落込んだ崖を刳り貫いた暗いトンネルを抜けると、小柴の集落があった。底引き網漁の盛んな漁港で、赤貝、シャコ、カレイ、スズキなどがよく上がっていた。カレイやスズキは水槽に活けてあって、これを行き帰りに覗き込むのも楽しみの一つだった。
 活魚水槽を積んだトラックが狭い道を頻繁に出入りしていた。シャコは釜茹でされ、殻を剥かれ、木箱のきれいに並べられて出荷されていった。
 小金丸はアジ釣り専門だった。船頭は結婚したばかりのマモルさんだった。当時は空ッパリの胴付き仕掛けでアジを釣った。勿論コマセなどは使わなかった。魚探を見ながら群れを追いかけては仕掛けを降ろす忙しい釣りだった。

 船長の合図で一斉に仕掛けを降ろし、オモリが底に着いたら一気に巻き上げてくる。これの繰り返しだった。仕掛が降りる時にも食ってくるし、巻き上げている間にも食ってきた。2、3回も仕掛けを上げ下げすると魚はどっかに移動してしまう。「上げ!」で移動だ。
 初心者だったから、そんなには釣れなかった。ベテランは釣りのノウハウに関しては貝のように口が固かった。今みたいに釣り新聞も釣り雑誌も普及していなかったから、釣りの知識も乏しかった。釣りの腕前は遅遅として進歩しなかった。それでも、魚屋に並べてあった魚が足元のバケツの中で元気に泳ぎまわっているのを見るのは感動的だった。

 ある日、嫌なものを見てしまった。称名寺の通りは、いつもの朝と変わらず、人通りもなく閑散としていた。ただその日は珍しく先行者が一人居た。彼とは目鼻がはっきりしないくらい離れていた。勤め人のようだった。夜勤明けなのかもしれない。年格好は私よりも若そうだ。
 その彼が、道沿いの民家の門に近づくと、すっと腕を伸ばして何かを掴んだのである。いかにも自然な動作だった。と、天を仰ぎ見るように首を後に倒して、右手に掴んだものを飲み下す仕種をした。歩きながらである。
 それは配達された牛乳のようだった。飲み干してから、その男は近くの家の塀の上にその空き瓶を置いた。そして、ぐるりと首を廻して私の方を振り返った。相当離れていたが、一瞬目が合ったような気がした。「何だ!文句あんのか!」そう開きなおっているようにも見えた。
 私も20代の終わりになっていた。漸く、どうしようもない社会の仕組みに目覚め始めた時期だった。出来れば、いつまでも青二才でいたかった。しかし、現実はそれを許さなかった。一匹また一匹と自分の中に鬼を飼わなければ生きていけなかった。だからこそひたすら釣りに出掛けるしかなかった。自律神経失調症と診断されたのもその頃のことだった。

大人の玩具
 
 サラリーマン時代は技術部門に所属していた。周りに出身校から言えば超エリートが何人かいた。一人は私よりは10歳ほど年上で、直属の上司だった。奥さんは地方都市の旧家の娘さんだとかで、また可愛かった。
 彼の自宅が私のアパートから一駅だったから同じ電車で帰ることが多かった。当時私は独身だったから、時々誘われて夕飯をご馳走してもらったりしていた。
 船釣りに何度か誘ったが、釣り舟は危険だからといつも断わられてしまった。やはりエリートは身の処し方が違うものだと感心したものだった。
 丹沢の常設マス釣り場には、何度か案内したことがあった。この釣りだと遭難の危険性は少ないと思ったようだ。
 段々壁がなくなると、アメリカ出張で仕入れたポルノ本を廻してくれたりした。酒は飲めなかったが丸っきりの堅物ではなかったらしい。
 通勤ルートだった京浜急行沿線にはストリップ劇場が何軒かあった。彼と連れ立って、日の出町の駅前や黄金町の駅の近くのストリップ劇場に時々足を運んだ。彼の方から誘わうのだが、観覧料は個人持ちだった。やはりエリートは経済観念もしっかりしているものらしい。
 東京都は条例の関係で御開帳は期待できなかったが、ここ神奈川は過激だった。黄金町の劇場では悲惨な経験をした。「こんな若い子が...」と複雑な気持ちだったが、それでもじっくりと覗き込んでいたらいきなり平手打ちが飛んできたのである。このストリップ嬢はヒモともめてご出勤だったのかもしれない。
 またある時は、ヨボヨボのバーさんが出てきた。あそこの毛は遠目にも真っ白だ。見るに忍びなくてたぬき寝入りをしていたら、あそこをしこたまくじった指で顔をなでられてしまった。気持ちが悪くて、黄金町の駅の便所で面の皮が向けるほどゴシゴシ洗ったことがあった。
 くだんのエリート社員は、どちらの時も知らぬ顔を決めていた。君子危うきに近寄らずかとまたまた感心してしまった。
 ストリップ劇場を出て、彼が大人の玩具屋に入ろうという。目的は電動で動くあれだった。大小一通り手にとって見て、最後に彼はピンポン玉ほどの可愛いのを買った。馬のアレのようにでかい物でなかったので、私は内心ほっとした。その時、女学生のように初々しい奥さんを思い出していたからである。
 その後も、何度か彼の自宅に泊めてもらう機会があった。その度に奥さんのあの顔が浮かんできたり、あの声が聞こえてくるような気がしてなかなか寝付かれなかった。
 私がこのエリートを徹底的に嫌いになったのは、あのことがあってからだった。彼の部下の一人、すなわち私の同僚なのだが、ノイローゼ気味になったのである。誰が見ても、彼の心の中に重い葛藤があることが見て取れた。彼はまだ20代前半の若者だった。母子家庭で様々な事情も抱えていたようだ。その時エリート氏は「奴はおかしくなったみたいだな。使えないな」と人事のように私に言ったのである。

腰越のアジの干物
 
 Eさんは干物が好きなようだ。その彼と鎌倉腰越の干物屋に立ち寄ったことがあった。腰越に有名な干物屋があることは聞いて知っていた。ただ、それまでは釣り師が干物を買いに行くなどは沽券に関わると思って覗きもしなかった。
 行ってみると名前の割には間口が狭くて、普通の魚屋さんじみていて好感が持てた。
 Eさんは日中合弁の草分け的な存在だった。下請企業ながら随分と羽振りのいい時期もあったらしい。その頃は、盆暮れになるとこの店の何万円もする干物の詰め合わせをあちらこちらに配っていたようだ。
 中国進出が当たり前になってしまった昨今は、彼の役目も終わってしまっていた。10億円もの借金を抱えて会社は倒産した。
 それでも当時の味が忘れられないらしい。一度上げた生活レベルなかなか下げられないもののようだ。
 ショーケースの中に並んだ干物たちは、どれもいい値段が付いていた。30cmを超す中アジは1枚千円もしている。キンメダイは更にそれの倍だ。肉厚のアマダイは目玉が飛び出るほどの値段だった。これらの詰め合わせだったら、2、3万円は直ぐしてしまう。
 冷凍技術が進歩して、アジ、サバは海外から大量に入るようになった。干物に加工してあれば、流通も保管も楽だ。スーパーでは脂の乗った中アジが1枚百円ほどで買える。ノルウエイーのサバとドーバー海峡のアジは既に有名だ。それから見れば腰越のアジは法外な値段だ。

神奈川の海・釣り物語(アジ釣り)