神奈川の海・釣り物語(スルメイカ釣り)

スルメイカを知る


スルメイカのプロフィール

  時期或いは大きさで、ムギイカ、ニセイカ、マイカなどと呼び分ける。ムギイカは、早春小麦が花穂を出す5月前後に釣れることからそう呼ばれている。

  東京湾では、ムギイカは早い年だと2月頃から顔を出す。この頃のものは「鉛筆」と呼ばれるように、胴長が10cmにも満たない小型が主体になる。イカの生態は意外と知られていない。産卵期は8、9月頃とも言われているし、群れごとに年に4回ぐらい時期をずらして産卵するらしいと言う説もある。

 イカは一年魚で、普通は産卵を終えると死んでしまう。大型のイカは、釣り上げるといつでも抱卵している。人間どもと同じで、イカも年中発情期ではないかと言うのが釣り師の実感だ。

 東京湾では、ムギイカのポイントはアジのそれと重なる場合が多い。アジ釣りの船でポツリポツリ掛かるようになって、ようやくムギイカの乗合船が出るようになる。

 ニセイカは、ムギイカ釣りの時期に釣れる胴長20cmクラスの中型のスルメイカの呼び名だ。おそらく、通常のムギイカの誕生時期より2、3ヶ月早めに生まれた群れなのだろう。ニセイカの群れが濃い年はスルメイカの当たり年だと言われていて、夏イカまで好漁が続く傾向がある。

 ムギイカの最盛期は5月で、この頃になると胴長が15cmほどまでに成長している。東京湾だけでなく湘南や長井沖などでも最盛期を向かえ、早朝4時の乗合船まで出るようになる。何と謂っても、この釣りは早朝が有利だ。束釣りの報が飛び交うのもこの時期だ。

 初夏の頃になると、それまでは50mどまりだった釣り場の水深が100m前後と深くなる。盛夏にはビールビンサイズまで大きくなる。この時期は20尾も釣れば大漁で、だんだん数は釣れなくなる。9月の下旬頃からやりイカが混じるようになり、主役が交代する。

 近年はスルメイカの呼び名が定着したが、漁師などの業業関係者はマイカと呼んでいた。スルメイカと謂う呼称の定着は遊漁の繁栄と職漁の衰退を反映しているともいえる。

ムギイカは手釣りがお勧め!

  何と言っても、ムギイカ釣りは手釣りが有利だ。初期は群れが濃い。15本ヅノに16尾も17尾も掛ってくることさえある。これは決して法螺ではない。1本のツノに2尾同時に抱き着いてくるからだ。

 この時期の水深は、せいぜい50mどまりだ。タナは大抵底から20m前後だが、早朝や曇天には水面近くまでツノを追いかけてくる。遊泳層が非常に広い。だから、ツノ数が多い手釣りは、泳層を広く探れるので絶対に有利だ。水深が浅いので手返しでも、竿釣りに負けることはない。



時化後を狙え!

  イカの大釣りを経験するのは大抵時化後だ。どうも、時化後イカは固まって大きな群れを作る傾向があるようだ。
 時化に追われて外海から新群れが入ってくることもある。エサが少ない外海から入って来たイカは腹を空かしている。だから、擬餌だろうが何だろうが見境無しに飛びついてくる。しかし、この群れも湾内の豊富な餌に飽食すると、擬餌には見向きもしなくなる。「それらしい反応はあるけんどノラネーよ」となる。

 3月から4月にかけて吹く南西風がニセイカの大集団を運んでくることがある。沖の瀬や洲の崎沖で最後のヤリイカが釣れる時期だ。そんな日にうまく当たると束釣りも夢ではない。こんな時は、仕掛けが底まで降りていかないものだ。イカが中層で飛びついて仕掛けを止めてしまうからだ。

 5月の湾内では「無風でヨ、ボヤボヤと暑苦しい日がヨケーノンダベヨ」と、突然逝った鴨居の又エム丸の船長が教えてくれたことがあった。

濁り潮や朝夕は鉛ヅノ
  
 ムギイカ用のツノは4匁(ニセイカは6匁。マイカは7から8匁)が標準だ。ニセイカクラスが混じるようだと6匁にする。潮が澄んでいる沖合いは別として、比較的濁り潮が多い湾内は鉛ヅノのほうが安定して好釣果が望める。特に、朝夕の暗い時間帯に威力を発揮する。

 鉛ヅので重要なのはガス糸の色である。蜂の子と呼ばれる黄色と黒の段だら模様は囮ヅノであり、かつ万能ヅノにもなるので必ず入れたい色でもある。

 乗り渋り気味の日には、変わった色のツノに集中して乗ることが多い。逆に、乗りが活発な時はあまり色を選ばないものだ。赤/白、ピンク単色、水色単色、青/白、赤単色、青単色などが定番だ。使っていると汚れてきたり、色が褪せてくる。そうなると格段に乗りが悪くなるので、あたらしく糸を巻き直すことになる。

 竿釣りの人はボデーが樹脂製のものを使う。外見は鉛ヅのと変わらないが軽く出来ている。だから竿釣りでも扱いやすい。釣果は、棒状のプラヅノの方が安定している。

移動の足が早い時は竿釣りが断然有利

  イカは目の前にイの一番に降りてきた仕掛けにわっと群がる。手釣りに比べて竿釣りの方が仕掛けは早く降りていく。だから、群れが小さい場合や移動の足が速かったり、潮の流れが速い時には竿釣りが断然有利になる。

 自分の手釣りの仕掛けはまだ降りる途中なのに、竿釣りにはもうイカが乗っている様な状況が続くことがある。こんな日は思いっきり良く竿釣りに変える手もある。しかし、私の経験では、じっと我慢して手釣りのまま一発逆転を狙った方がいい様な気もする。濃い群れに当たった時は、竿釣りだとツノ数が少ない為数が意外に伸びないものだ。ここは思案のしどころでもある。

マルイカも

  金谷沖の30〜40mダチや剣崎沖の60〜80mダチのポイントでは、マルイカも一緒に釣れる。スルメイカを釣っていて、乗ってもしょっちゅう途中でばれてしまうようならマルイカの釣り方に変更したほうが良い。

 マルイカは身がすこぶる柔らかい。ムギイカの要領でグイグイ上げてくると身切れで全部ばれてしまう。このような時は、シタバリ2本ほどを浮きスッテに交換する。
 浮きスッテはマルイカの抱き着きが良い。だから、ばれも少なくなる。マルイカはベタ底近くで乗ることが多い。底近くで乗ったら慎重に巻き上げるようにする。マルイカは小さくても魚のような引きをするので慣れると区別が分かるようになる。

釣り上げたら

  ムギイカはとても身が柔らかい。だから、鮮度が下がるのもすこぶる速い。暖かい日は、いくら釣るのが忙しくても、釣り上げたイカを足もとの樽に入れっぱなしにはしておかないことだ。釣れ盛っている時にわざわざ手を休めることはないが、船が移動する合間を縫って、早めにクーラーボックスに仕舞い込むようにする。

 釣り上げたイカは氷水の中に保管する。しかし。イカは白っぽく変色してしまう。これだと見た目が悪くなる。釣ったばかりなのに随分と日が経ったように見えてしまう。近所に上げるにもこれだと価値が半減してしまう。
 見てくれが気になるようなら、密閉できるビニール袋に入れてから氷水入りのクーラーボックスに仕舞い込むと良い。そうすれば、釣った時の外観そのままで持ち帰ることが出来る。釣りたてのイカは透き通るようでないと。

スルメイカに成長したら

   夏が近づき、成長するに連れ、イカは100m前後の深場へと移動していく。夏場の海水面温度は20度を超える。スルメイカは比較的低水温を好むから、水温が低く安定している深場が快適な生活環境なのだ。長井、城ケ島、洲の崎、剣崎沖が主なポイントになる。

 ニセイカからスルメイカになるとプラスチックの棒ヅノ(通称プラヅノ)の出番になる。使用するプラヅノは14〜18cmが標準サイズだ。プラヅノは11、14、18cmの3種類が市販されている。
 形状はメーカーによって様々だ。基本はあくまでも泡入りの丸棒だ。ツノを選ぶ時は、あまり形状に気を取られない方が良い。各メーカーとも、イカよりは客を釣る為に開発努力をしているところがあるからだ。

 ベテランは、この水深でも手釣りにこだわる。この時期は、まだまだ固まった群れに遭遇するチャンスが残っているからだ。
 しかし、大抵の釣り人は竿釣りになる。竿釣りの仕掛けはブランコ式とも呼ばれる。10cmほどの枝スを5〜7本ほど出して、それにプラヅノを結び付けたものだ。これだと、イカが掛ってから多少糸をタルマせてしまってもばれることはない。

 ところが、サバなどの魚が一緒に回遊している時は、それらを良く引っかけてしまう。魚が多い時は、手釣りのような直結式の仕掛けが良い。竿釣りで、プラヅノの直結式にすることもある。

盛夏にはビールビン級も

 盛夏には更にポイントの水深が深くなり、日並みによっては150mを超すこともある。こうなると竿釣りの独壇場だ。この時期のイカはビールビンサイズに成長している。年の功で、このイカは簡単にはだまされなくなり、えらい気難し屋に豹変する。

 大きな群れを作らないこともある。泳層も広いので、中層魚を釣る時のようにタナを探るのがとても厄介だ。数が少ないので、スミイカ釣りのように釣り座によって釣果に偏りが出る。ツノは18cmの最長のものを使う。魚の形に似せたトトスッテが意外に効果的な日もある。

 これだけ大きくなると身が硬くて刺し身向きではない。生きているうちに手早く裂いて、船上干しにするのが一番だ。この頃には、行き違うどの釣り舟も、干したイカの満艦飾をはためかせている。職漁船でさえそうだ。

 塩っ気は干す前に浸した海水だけだ。これが、イカの甘みと旨みを引き出す丁度良い塩加減になる。この船上干しを心待ちにしている友人も多い。しかし、それほど潤沢には作れないのが現実だ。これは貴重品なのだ。

 9月に入ると小型のヤリイカが混じるようになり、徐々に主役が交代する。




鉛ヅノに巻いてある糸は?

   イカヅノの選定は難しい。色、模様、ツヤ、形状(水中でのツノの動きに関係する)で、乗りが微妙に違う。これが万能だと言うものはまずない。時期により、日により、時間帯により、潮(濁りや速さ)の条件により一定しないのが普通だ。

 配色も重要だと謂うが、私には確たる事は分からない。小網代の船頭から「アタリヅノは一番上に」と言うことは聞いたことがある。

 鉛ヅノには2色ないし3色の色変わりの糸が巻いてある。巻いてある糸はガス糸と謂われている。その由来は糸の製法にある。製造工程の最後に、表面をガスの炎で焼いて、毛羽を焼き切ってある。だから、布地に織ると表面に光沢が出て、絹のような高級感が生まれる。

 イカヅノに巻いたものでも、光の当て方で微妙な光沢が見える。この光沢が重要だ。繊維が空気の粒を抱き込み、これが水中で表面に気泡となって付着する。水と空気との屈折率の違いで、界面で微妙な光の選択的な反射や透過が起こる。これが集魚効果を生むらしい。
 自分なりに解析してみるのだが、確信はない。自然界で起こる現象の多くは、人知を超えている

プラヅノが刺激するのは食欲か?性欲か?

  プラヅノのどこが良くて飛びつくのか?全く持って不思議だ。餌と見てなのか、異性と見なしてなのか、まだ定説がないようだ。ムギイカは11cm、ニセイカと初期のスルメイカは14cmが、盛期の大型には18cmが定番になっている。

 色はブルー系統が無難なようだ。長井港の老舗の船宿の専用仕掛けは、蛍光紫、ブルー,濃ブルーの3種類だけの配色で構成されている。こんな割切り方もあるのかと感心する。
 稀だが、蛍光のグリーンにだけ乗ってくることもある。この辺の仕組みは、人間の頭で考えてもさっぱり分からない。釣りは経験的な要素が多すぎる。

 プラヅノの材質はポリカーボネートだ。韓国製や安物は透明度が悪いので見て直ぐ分かる。これは再生剤が多く混入されている為だ。透明度の悪いものや、表面に艶のないものは格段に乗りが悪くなる。

トトスッテはそのものズバリ
 
 魚の形をしたトトスッテは、何となく分かる気がする。ルアーそのものだ。腹部にはバランス用の鉛まで埋め込んである。これがある為、海中では水平に浮くようになる。バランスオモリを入れないとカンナの附いている方が重くなるので、ルアーは太刀魚になってしまう。

 夏場のビールビン級にはこれが有効な時がある。ハリスを30cmほどに長くとり、中層でユラユラさせてやる。大型魚が掛った時のような強烈なアタリが来る。

 ボデーを布で包んであるタイプもある。イカは結構獰猛なところがある。硬いツノを鋭い口でがりがりやるので、ハゲ坊主にされてしまうことさえある。

 スルメイカとサバを一緒の樽に入れておいたことがあった。サバに足やエンぺラを食いちぎられたら気の毒だと樽を覗き込んだら、サバの方がドテッ腹を食いちぎられて青息吐息だった。その時、イカの三白眼と目が会ってぞっとしたことがあった。カラスで噛み付かれると、人間の指でも肉がこそげ落ちてしまうから、持つ時は要注意だ。

浮きスッテはイカが抱き着いてもずるっと滑ってしまう

   浮きスッテに至っては、考えてみると何とも奇妙なものである。赤い帽子や緑の帽子が魚らしさを演出するのだろうか?
 ボデーと布の間には薄い綿の層がある。「触腕が゙触れた時の感触をよくする為だ」と謂う説が一般的だ。しかし、誰もイカから直接聞いたわけではないから、本当のところは分からない。

 「綿を入れてあると、吸盤で吸い付くことが出来ないでしょう。だから、ずるっと滑ってカンナに突き刺さるんですよ」韓国の釣り具メーカーの会長さんが新説を披露してくれた。この説が一番説得力があるような気もする。

 浮きスッテはスルメイカ釣りには普通使わない。しかし、マルイカやアカイカには必需品だ。ボデーの材質はポリプロピレンで、樹脂の中でも浮力が大きい部類に入る。中が中空になっていて、更に浮力が大きくなるように工夫されている。
 安物は製造工程上の理由で、穴が空いている。ここから海水が入るので、浮きスッテの本来の機能を為さなくなる。

イカとの遭遇はイの一番に

 船が小さくて魚探の性能がまだ良くない時期には、船の操船はヤマ立てと大流しが普通だった。遊漁が全盛期を迎え、大型高速船にカラー魚探が標準装備されるようになって、操船の仕方も一変した。

 イカの魚影は魚探には映りにくかった。それが魚探の高性能化によって、かなり確実に識別できるようになった。しかし、それでも毎日出船している船頭でさえ、今出ている反応がイカなのか他の魚なのかと迷うことが多々あるらしい。それでも、船頭は、らしい反応を追いかけながら頻繁に船を移動させる。

 随分と早い時期から、私たちは他人より早く道具を下ろすことがイカ釣りのコツだと言うことを知っていた。その頃大抵の人はのんびりと仕掛けを投入していたものだ。だから、随分と良い釣りをさせてもらっていた。ところが、釣りの専門紙や釣り新聞が多く刊行されるようになってAPCなる人種が競って釣りのノウハウを公開するようになってから様相が一変した。

 誰もが競って仕掛けを投入するから、船上は殺気立った嫌な雰囲気になってしまった。はては、逆送り機能の附いた電動リールまで出現した。私のように古い手巻きのリールだと勝負にならなくなってしまった。巻き上げの号令の後に手釣りでとろとろ巻き上げていると、既に巻き終わった電動リールの所有者たちの傲慢な視線にも結構毒がある。最近は、イカ釣りがくそ面白くなくなってしまった。

竿釣りはシャクリよりも落とし込みで乗せる

 仕掛けが降りていく途中で、フワット糸ふけが出ることがある。これは竿釣りでも手釣りでも同じだ。枝スにイカヅノを結び付けてあるブランコ仕掛けだとカンナの開きが下を向くから、イカが引っ掛かかのは分かる。しかし、角が直結式の手釣りの場合は、カンナの開きは引っ張られる方向と逆で常に上を向いている。イカが抱き着いてもするりとクグリ抜けてしまうような気がする。

 ところが、確実に途中で仕掛けが止まる。イカはがっしりとイカヅノを抱え込んでしまって離さないかららしい。10本足を絡ませてツノに抱き着いているイカの姿を想像すると不気味な気もする。

 竿釣りだと、昔は一途に上から下へとシャクリあげてきたものだった。ところが、最近は落とし込みで釣ることが多くなった。この方法は、中層を狙うのにはすごく楽な釣り方なのである。
 船頭のタナ指示は、20〜30mの幅があるのが普通だ。その範囲を断続的にリールにストップを掛けながら仕掛けを落とし込んでいく。突き抜けたら急いで巻き上げて、再び同じ動作を繰り返す。これだと手返しも良いし、群れの移動が早い時などは打ってつけだ。

 通常1、2投でポイント移動となるが、稀にイカの群れが船に着くケースがある。こんな日は船はほとんど流しっぱなしになる。最初は中層で釣れていても、段々タナが深くなっていく。だから同じタナで釣れなくなたらより深いところまで仕掛けを送り込んでみた方が良い。

 魚はコマセが効いてくると上へ上へと上がってくるがイカは逆のようだ。脅えてより深く潜る傾向があるようだ。もちろん、上へ上へとタナが上ずってくることもあるから臨機応変に対応しなければならない。

 手釣りの場合は伝統に則り上へ上へと手繰り上げるしかない。手釣りの醍醐味は追い食いにある。手繰る度に、一パイまた一パイと乗ってくる感触にはしびれてしまう。手繰っているとどんどん重くなってくる。船縁に張り渡したパイプを擦る道糸がキユッキユッと悲鳴を上げる。横向きだと重くて引っ張り上げられなくなる。海側に向きを変えて綱引きだ。
 中オモリがガツンとパイプに当たる。水鉄砲が炸裂する。船上に転がったイカはブシュッブシュッと騒ぐ。赤く体色を変えて威嚇する。船底は足の踏み場もない。こんなクライマックスも何度かあった。




 

釣り場



葉山、長井、小網代沖

   25年以上も前の話だが、我々素人のイカ釣りと言うとこの海域でのムギイカ釣りのことだった。まだ、プラヅノが普及する前だ。全員が鉛ヅノ仕掛けの手釣りだった。初心者にはイガイガの仕掛けを扱うのは至難の業だった。油断すると指に突き刺さり、血だらけになった。

 仕掛けは下オモリまでが鉛ヅノだった。これにはガス糸が巻いてなくて、鉛がむきだしだった。軽い下オモリと鉛ヅノだから、初心者には底ダチなど取れるわけがなかった。底に着いたのが分からず仕掛けをどんどん伸ばしてしまう。すると、仕掛けは底で絡まって団子になってしまう。
 引き上げて仕掛けを解していると、段々気持ちが悪くなって船酔いしてしまう。これがいつものパターンだった。それでも運の悪いイカがいて、手のひらにすっぽりと収まるくらいの可愛いのが2、3尾は釣れた。これを大事に持ちかえり、感動しながら食べたものだった。

 近年は、最盛期でもあまり大きな群れが接岸しなくなってしまった。汚れのせいかもしれない。以前は早朝出船で長井漆山の海岸線に手が届きそうなところまで船団が入り込んで釣ったものだ。水面下で釣れるから手返しの勝負になる。みな無我夢中だ。あちこちで水鉄砲が炸裂し、船上は火事場騒ぎとなる。

 スルメイカの出始めの頃は、長井沖の100mダチをよく攻めた。しかし、最近はあまり釣れなくなってしまった。群れが居着かなくなってしまった。海に影を落とし、豊富な栄養分を供給していた森が切り払われてしまったせいかもしれない。

城ケ島真沖、西沖

   昔からのイカの好漁場である。季節で釣りが出来ないほど潮が速くなることもないので、1年を通して狙える。水深は通常100m前後だが、水温が上がる夏場や潮が澄んだ時は200m近くまで攻めることがある。

  洲の崎沖や沖の瀬方面の潮が速い時は、ここが本命のポイントになる。昔からから長井港はイカ漁業の基地だ。ここからでも2、30分の近距離だ。状況が良いと三浦半島の職漁船がいっせいに繰り出し、遅く出船する我々遊漁船はポイントに近づくことさえ出来なくなる。

 三浦の海で、今イカ漁は難しくなっている。回遊がずっと減ってしまったからだ。昔は魚に追われて浜辺に打ち上げられたイカが拾えることもあったらしいから隔世の感がする。それでも職漁船が大挙して出漁している日はイカの群れが入ってきた時だ。だから、こんな日は我々も大いに期待していい。

 しかし、職漁船が散々痛めつけてから釣るわけだから、そうそうは釣れないものだ。イカは脅えると底にべったりと張り付いてしまう習性があるらしい。イカが海底に張りついてしまうと、もう魚探はお手上げだ。

 ここもオモリが着底するとズボッとぬかるような感触の場所が多い。底が砂泥地になっているからだろう。糸ふけを取ろうとして竿を持ち上げた瞬間に重量感を感じるので「乗った」と錯覚することが良くある。オモリが底を離れると途端に軽くなるので、はてはばらしたかと落ち込んでしまうことさえある。ベテランでもそうだ。

金谷沖
   
  東京湾内ではムギイカの最高のポイントだ。2月末になると鉛筆サイズのべービーが、自分より一回りも大きいイカヅノをしっかりと抱きかかえて上がってくる。手のひらの上で小さな足をくねらす姿がナントも可愛くて見とれてしまう。

 このポイントからは鋸山がまじかに見える。鋸山は年間を通してハイキングが楽しめる。久里浜港の周辺の空きスペースに車を置いて、体だけでフェリーに乗る。但し、横須賀は車が通らないような場所だけ駐車違反の取り締まりが厳しいから覚悟がいる。

 巷の幹線道路上には、決まって同じ場所に違法駐車をしている車をよく見かける。これらの車のせいで2車線の道路が1車線しか使えなくて、いつもその周辺は混雑する。何年経っても改善の兆しが見えない。ぜんぜん取り締まった形跡がないから当たり前だ。

 それなのに人家もない、車も滅多に通らない道に停めておくと直ぐ警察の取り締まりがやってくる。何とも庶民には理解しがたいことである。車は商店や会社のある通りに置くに限るようだ。はた迷惑な暴走族の取り締まりでもそうだ。終末必ずやってくるのに知らん振りだ。

           閑話休題。

 ハイキングは金谷口から登り、日本寺を通って保田口に抜けるコースがお勧めだ。ロープウェイーは使わない。参観料が必要な場所にも入らない。太平洋を木の間越しに眺めながら手製の弁当を開き、景色と心地よい発汗を楽しんで帰る。

 さて金谷沖のポイントだが、水深は30から60mと浅い。大抵波も穏やかなので、初心者には打ってつけだ。30mダチの浅場ではマルイカが混じる。マルイカはそっと優しく扱わないとみんなばれてしまう。バレが多い様なら下バリ1、2本を浮きスッテにする。マルイカは浮きスッテに限る。

 鴨居港の二時丸からは早朝5時の早出で、同じく又エム丸からは8時出船の乗合船で随分と通ったものだ。鋸山の陰から日が昇る頃、早出の船上で向かえる明け方の海は最高だ。心が洗われる心地がしたものだ。入門したての頃は10尾も釣れば良い方だった。手釣りのイカ釣りは慣れないと難しかった。そのうち、道具の捌きにも慣れてきて、50、60尾と釣れるようになった。

 ここのムギイカは5月が最盛期だ。「ボヤボヤと蒸し暑い日が釣れるみてーだよ」と又エム丸の船長が、その日の釣果と天気を記したカレンダーを見せてくれた。
 この頃になると、べトと呼ばれる植物性のプランクトンが浮遊し始める。これが発生すると、魚探ではイカの反応が識別できなくなることがある。イカは元来魚探には映りにくい魚だ。だからイカの反応を探す時は、超音波のパワーを目一杯に上げる。そうするとベトにまで反応して画面は真っ白になる。こうなると昔からのヤマ立てに頼るしかなくなる。

 又エム丸の船頭と私は何歳も違わなかった。スミイカ釣りの船上でチョコチョコ話を交わした2日後に彼は急死してしまった。もう10年近くも前の話である。私はそれ以来鴨居港のどの船宿にも行っていない。船宿の側を通るのもつらいのである。
「大津にシャコを取りに行くから乗せてけー」と帰宅しようとする私を呼び止めた。車を停めて待っていたら「娘が行くから良いよー」と断りにきた。こんなやり取りは始めてだったのでずっと記憶に残っていた。

  この日は珍しく船上でも私に仕切りと話し掛けてきた。私の釣り座が操舵室に近かったせいもあったが、やはりいつもとは少し違っていた。潮焼けだか酒焼けだか分からない赤い顔に大きな目玉がぎょろりとのぞいていた。ムギイカの季節になるとあの顔を思い出す。
        南無阿弥陀仏。

剣崎沖

 ここは穴場的なポイントだ。水深は100から150m。釣り期は洲の崎や沖の瀬と重なる。常時攻めないのでイカが溜まっていることがよくある。
 他の場所が不調で、しょうがなくて片手間にやってみたら大釣りだったと言うケースが多い。みんなして2、3日も攻めるとパッタリと釣れなくなる。釣れている時でも場所が狭いので、船が多く集まると釣りにならないことがある。松輪港や湾内の船宿が得意とするポイントだ。時期にはヤリイカも釣れる。

 ここも砂泥地だ。オモリが底に着くと、ブスッとぬかる感じがする。オモリが埋め込まれているせいで、竿を立てた時に一瞬引っ掛かったようになる。慣れないとイカが乗ったと錯覚してしまう。イカのポイントには、こんな感じのする場所が多い。

久里浜、鴨居沖

 釣り場の水深は60から80m。アジ場と重なる場所もある。アジの乗合船で来て、片手間にイカヅノを降ろしている人を昔はよく見かけたものだ。今はそんな器用なことをする釣り人はいなくなってしまった。

 ここは釣り期が金谷沖と重なる。春から初夏にかけての釣り場だ。年によってイカの湧きが随分と違う。まるっきりイカが姿を見せない年もある。久里浜沖の海底は急速に落ち込んでいる。下浦沖の最深部は600mにも達する。殆どが、この海域で生まれて死んでいく居着きの群れではないかとも言われている。

 日むらも多い。しかし、狙う船が少ないのでそこそこには商売になる。ここで操業するのは湾内、湾奥の船に限られる。イカの湧きが良い年は別にして、通常は職漁船も入れてせいぜい10隻ほどだ。船があまり少ないと群れの発見が難しくなるので痛しかゆしだ。

 湾内なので波っ気が少なくて釣り易い。ただ、チョロチョロと航路を横切って移動することになるから、大きな船が立てる横波には要注意だ。イカ釣りは船縁に立って釣ることが多いから余計にそうだ。
 湾内も湾奥の船も、大型、高速化してからは安定した釣果が望める洲の崎や沖の瀬方面に走ることが多くなった。久里浜港からなら4、50分で到着する。

洲の崎、沖の瀬

 洲の崎、沖の瀬は、三浦半島から釣行できるイカ釣り場の中でも最高のポイントだ。例年ヤリイカが終末期を迎える3月末頃からニセイカの大群が大挙して押し寄せる。特に、南西風が吹き荒れた後などは絶好のチャンスだ。束釣りの大見出しが釣り欄に踊るのもこの季節だ。

 この時期、イカ釣りファンには落ち着かない日々が続く。いつでもスタンバイだ。毎日天気予報を聞くこともかかさない。私も仕事をサボって時化後は良く出かけた。早春の紫外線の強い日差しと潮風を浴びた顔は、翌日暖かいところに出たりすると真っ赤になる、だから、小心な釣り人は、洋上に出たらタオルで顔を隠す。私もその一人だった。

 この時期はヤリイカも大釣のチャンスに恵まれることが多い。平均で4、50尾と言う日も結構ある。ただ終期のヤリイカだから痩せている。メスイカは抱卵ものが殆どだ。これは煮付けに最高だ。

 水深も100m前後と、この時期のイカ釣りにしては比較的浅い。タナはギンギンの中層だ。大抵水面から5、60mで乗ってくる。こうなると手釣りが断然有利だ。14cmのプラヅノを10〜15本直結した仕掛けを使う。新群れも日が経つとスレてきて、イカヅノを見破るようになる。沿岸の豊富な餌に飽食した結果だと言う人もいる。ともかく早めの釣行がお勧めだ。

 4月、5月は、キワでムギイカの最盛期を迎える。この期間の洲の崎沖の瀬のポイントは一時お休みとなり、7月頃から再び良型スルメイカの好漁場として復活する。そして、9月末から10月に掛けてヤリイカと交代する。

 回遊してくるイカには寄生虫が着いていることが多い。胃痙攣を引き起こすアニサキスもいる。調理する際、半透明な身にポツリと黄変部が見つかったら包丁の切っ先で周辺を穿り出すようにする。アニサキスは2、3cmほどの白い糸状の虫だ。とぐろを巻いて身の中に潜んでいる。

 もう1種類寄生虫がいる。これはアニサキスのようには身の中にすっぽりと入り込んでしまうようなことはない。身の表面や足やカラスの周辺部にヒルのように丸まって吸い付いている。大きさはマッチ棒の頭の半分くらいで、白い色をしている。カツオの腹身に良く附いているあれである。これも見つけたら摘み取った方が良い。

 釣りたてのイカは刺し身が一番だ。私は釣りたてのイカ刺しを25年以上も食べつづけている。おそらく、これらの寄生虫も知らぬ間に何匹も飲み込んでいるはずだ。それでも今のところは全く異常なしだ。そんなに神経質になることもなさそうな気もする。

 洲崎沖の100mダチで小さな珊瑚を引っかけたことがあった。御伽噺に出てくるピンク色の枝珊瑚だ。それからは、そのポイント近くで釣る時は必ず仕掛けを底に這わせるようにしている。しかし、残念ながらお宝はそれ以後は一度も上がってきていない。

 ほぼ同場所で沖メバルや鬼カサゴが良く釣れる。チョコチョコ根がかりもする。掛け上がりだったり、平根だったりと変化が激しい海底だ。イカの乗りが芳しくない時はオモリ近くに枝バリを1本出し、釣上げたイカの長い触腕を餌にこれらの高級外道を狙っても面白い。まあ、イカがつれない時は他の魚も釣れないものだが。

仕掛け








ツノ

  その日の釣果は、落とし込みの速さ、タナ取り、手返しの速さ、釣り座、そして当たりヅノの有り無しで決まる。その日の当たりヅノを早く見つけて、素早く対応することが好漁につながる。
  ところが、当たりヅノは毎日違うし、一日の内でも時間帯によって違ってくる。人間の目で見て、同じ模様同じ色でも、良く乗るのと乗らないのがあるから不思議だ。普段から実績のあるツノを貯め込んでおくのも手だ。人間の目には何だか分からないが、良く乗るツノには何かがきっとあるはずだ。

  鉛ヅノはガス糸が汚れたり、綻びてきたりしたら自分で巻き直して使う。三崎漁港近くの漁具屋にはガス糸も豊富に置いてあるし、ガス糸を巻く簡単な機械も置いてある。漁師がしょっちゅう出入りしているので、情報収集も出来る。ガス糸を巻くには可変速機能の附いた電動ドリルを使っている人もいる。

 カンナの材質はステンレス製で錆びにくくなっている。ところが、実際は錆が出てくる。折れるものもある。先が折れ曲がったものは刺さりが悪くなる。硬いものに押し付けて曲がりを直したら、目の細かいダイヤモンドやすりで研いでおく。

 カンナの付け替えは素人にはなかなか難しい。蓮根をぶつ切りにしたような治具もいる。曲げ棒もいる。ようやく巻き上げてカンナの曲げに入ると、グズグズと糸が緩んでしまう。
 カンナには0.6、0.7、0.8、0.9の4種類がある。ツノのサイズやイカのサイズや種類に合わせて使い分ける。「最近は漁師でも巻けない人が多いよ。年寄りは目が悪くてだめだし」三崎港の漁具屋での会話だ。

 通常使う鉛ヅノは、4、(5)、6、8号の数種類だけだ。使われるカンナのサイズは4号が0.6、5〜6号は0.7、8号が0.8〜0.9である。カンナは細い方が乗りが良い。しかし、釣れるイカの大きさに会わない細いものだと、使用中にカンナが伸びて逃げられてしまう。

 ムギイカには4号、ニセイカと初期のスルメイカには6号、盛期の大型には8号が標準だ。イカが好むガス糸の模様や色は、その場の条件で変わる。基本は赤/白、赤、濃茶/黄、濃茶/緑、濃茶、濃青、青、ピンクなどだ。
 鉛ヅノは手釣り用で、仕掛けのツノ数は普通10本以上だ。まず、基本の全色を混ぜて様子を見る。当たりヅノの傾向が分かったら、それらの色を増やしてやる。

 下バリ2.3本はプラヅノにすると底ダチが取り易くなるし、底に着いてからうっかり糸ふけを出してしまっても、すぐに仕掛けが団子になることもない。

 竿釣りにはプラヅノが一般的だ。ツノの結び方は、手釣りは直結式だが竿釣りは枝バリ式(ブランコ仕掛けとも言う)だ。鉛ヅノと同じような形をしているが、本体が樹脂で出来ているらっきょうヅノがある。これは竿釣りのブランコ仕掛けにも使える。しかし、一般的には細長い棒ヅノが使われる。
 棒ヅノはポリカーボネート製で、染料で様々な色に着色してある。蛍ムラと呼ばれる薄紫色の蛍光染料で着色したものが、最も乗りが良い様だ。

 内部に米粒ほどの気泡が見える。これはわざわざ入れたもので、不良品ではない。この泡がポイントなのだ。泡の形状、位置などによって乗りがものすごく違う。

 何度か使うと、表面に傷が出来たり、汚れの皮膜が出来たりして乗りが悪くなる。そうなったら、歯磨きペーストや目の細かい研磨砥粒で磨いて表面の艶出しを行う。研磨砥粒はDIY店で買うことが出来る。

 プラヅノの形状は多彩だ。しかし、大抵ミラー面の全反射を応用する構造が多い。毎シーズン、各メーカーが新形状のツノを開発し、市場に投入してくる。イカよりも釣り人の嗜好を考えたものもあるから、他の人の評判を聞いたりして慎重に選んぶ方が良い。

 基本は、細い円筒状の丸棒だ。その他には、断面が三角形や菱形のものも効果があるようだ。これらはプリズム作用があるので、キラキラと輝き、集魚効果を発揮するようだ。

 色の選定に関しては、未だにこれと言った結論が出ていない。潮が濁っている時や周囲が暗い時は、ピンク、赤、橙の赤系統と蛍ムラを、潮が澄んでいる時は青、濃青、透明、蛍ムラが良い様だ。乗り渋り気味なら、蛍光グリーンや蛍光黄緑を1本混ぜてみる。これが意外に的中して、1尾づづだが入れ掛かりなどと言うこともある。ところが、欲張って、2、3本更に増やしてみたら、全然乗らなくなったなどと言うこともあった。ツノ選びは本当に難しい。

 プラヅノのサイズは、11cm、14cm、18cmの3種類の中から、イカの大きさに合わせて選ぶことになる。ムギイカには11cm、中型には14cm、大型には18cmとなる。

ハリス

 イカ釣りではハリスの太さはあまり関係がないと謂われている。私の実感としてもそうだ。手釣りの時は10号を使う。太いハリスを使う理由は、カラミが少ないからである。
 手繰る時にも太い方が扱い易い。あまり細いと、糸が指の間を滑ってしまう。最近のナイロン糸の強度は強くなっている。15本ツノでも、強度的には6号の糸で充分だ。

 私は竿釣りだと、幹糸もハリスも3号だ。魚は全般に細ハリスが良いと言う先入観がある。細ハリスの欠点は撚れ易いことと絡み易いことだ。市販の仕掛けは、幹糸4、5号でハリスが3号のものが多い。

 フロロカーボンの結節強度は普通のナイロンに比べてかなり強い。しかし、その長所は細ハリスでは生きるが、5号ぐらいの太さになるとあまり優位さが無くなってくる。特にイカはグイグイ引っ張る魚ではないから普通のナイロンで充分だ。

 シャクル時には多少大きな力が加わる。しかし、糸が切れてしまうようなシャクリでは、イカは釣れない。竿に糸が絡んだのに気づかずに仕掛けを投入すると、オモリだけが飛んでいってしまうことがある。これだけ注意すればいい。

リール

  最近は電動リール主流になってきた。しかし、私はまだ電動リールを使ったことがない。貧乏人の私は、第一に金がもったいないと思ってしまう。電動リールは安いものでも5、6万円はする。それだけの金を稼ぐのに、男はどれだけの汗と涙を振り絞らなければならないかだ。

 二つ目の理由は、たかが魚相手に大袈裟な道具を持ち出しては大人げないと思ってしまう。私が元々技術者だからかもしれない。自然に対する時ぐらい、機械から開放されていたいと言う気持ちがある。
 獲物の動きを指先に感じる楽しみ。全身を動かし、汗を流す快感。そして得られる「確かに今俺は釣りをやっている」その実感。電動リールだとその様な釣りの醍醐味、快感、手応えが抜け落ちてしまうような気がする。使ったことのないものが言うのも変だが...。

 PEラインが開発されて、道糸の強度は飛躍的に向上した。イカ釣りには3から4号の糸で充分だ。これを中型両軸リールに300m巻いておけば、オールシーズン使うことが出来る。

 深場釣りでは往々にして二枚潮に悩まされる。二枚潮の時は上層と中層の潮の流れの向きが違う為に、道糸が海中で袋状に弛むことになる。この現象が極端になると、せっかく竿を煽ってもその動きが仕掛けの部分まで伝わらなくなってしまう。タルミの部分がバッファーの役割をするからである。当然イカの乗りも分からなくなる。
 また、二枚潮の時は仕掛けの投入時や巻き上げの途中で頻繁にオマツリするようになる。釣り座を船の両端のどちらかにに取り、糸ふけが出難い細い糸を使えば、オマツリに巻き込まれる確率もグンと減る。

 リールも必要な量の道糸が巻けるなら当然小さくて軽いものが良い。ただ、レバーだけは長い方が良い。テコの原理で巻き上げが随分と楽になる。私は他の古いのから流用して使ったこともある。

 今ではデプスメーターが殆どのリールに附いている。しかし、このメーターが曲者で、結構誤差が出る。だから、道糸のマーキングと併用する方がいい。道糸は10mごとに色分けされて、更に同色内は1mごとマーキングがされている。イカの泳層は広い。まあ、魚のように50cmだとか1mのズレを気にすることはないのだが。

 リールはまずストッパーからいかれる。修理を頼むと買い値の半額以上も取られてしまう。それに修理が上がるまで1ヶ月以上も待たされることがある。このように消費者不在でやっていける業界も珍しい。世知辛い電機業界で飯を食わしてもらっている身には何ともうらやましい限りである。

竿

  ムギイカ釣りの場合は水深が浅いので、使用するオモリは100号どまりだ。だから、竿は全長が2.4から2.6m、オモリ負荷が60から80号の万能竿で充分だ。小型のムギイカだと、あまりごつい竿を使うと乗りが分からない場合がある。そんな時には、オモリ負荷40から60号の軽い調子の替え穂を使った方が良い。

 基本的には、竿の調子はあまり気にする必要はないが、あえて言うなら先調子の方が良い。アタリが明確に出る。イカと銘打った有名メーカーの専用竿は値段が高い。竿の値段と釣果との関係は必ずしも比例関係にはない。道具道楽の御仁なら別だが、無理して高い専用竿を買うこともない。

 ムギ、スルメイカは余程掛かりどころが悪くなければ、まず途中でばれることはない。魚のようなやり取りも一切不要だ。だから、アタリさえ取れるなら後はどんな竿でも良い。丸一日竿を上げ下げしなければならないので、持ち重りのしない軽いものを選ぶことだ。

 盛期のスルメイカ釣りは水深150m近くまで探るから、使用するオモリも150号と重くなる。だから、竿もオモリ負荷80号前後のものを使う。柔らかい竿だと、大型のイカが2、3尾も掛ると重くて難渋する。竿先を水中に突っ込んでヨタヨタと巻き上げていると、イカが幹糸に絡みつき糸を噛み切ってしまうことがある。

 インナータイプが流行している。元々ハゼやキスの手バネ竿がこの方式だった。糸の絡み防止が目的だった。このタイプは欠点もある。外通しのものに比べて糸の走りが悪くなる。糸が接触する部分が増えれば摩擦抵抗も増える理屈だ。
 イカ釣りは、速く泳層まで仕掛けを落とし込んだ人が勝ちだ。素早く仕掛けをタナに落とし込むには、インナータイプはどうかとも思うが自分が良いと思えばそれまでだ。流行とは面白いものである。


食べる



沖漬け

  生きているイカをそのままタレに漬け込む船上料理で、これは釣り人か漁師にしか出来ない。蓋付きの大型容器にタレを詰めて船上に持ち込む。タレは各人の秘伝がある。一般的には、ミリン、醤油を等量づつ混ぜて作る。これに、各人の好み、思い入れで、酒やワインや唐辛子などの隠し味を加える。

 船上でタレを即席で作る人がいるが、一端に沸騰させてから使うのが正しいやり方だ。酒やワインのアルコール分は一度飛ばさないとくどすぎる。

 釣れたらイカは片っ端からタレに放り込む。直ぐと言っても、一端は空バケツに入れておいて、水を吐き出させた後からの方が良い。そうしないと、タレが海水で塩辛くなってしまう。イカが死んでしまうとタレの廻りが悪くなる。生きているうちにタレに入れるのがポイントだ。

 自宅に帰ったら、1尾づつラップに包んで冷凍庫に保管する。食べる時は凍ったまま筒切りにしてイカの形にしてで盛り付ける。野趣溢れる食べ方だ。特に肝が珍味で、ウニよりもコクがあって美味い。冷凍の肝をスライスしたものを軍艦巻きにすると最高だ。

沖干し

  これもイカが生きているうちに開かないと色の良いものが出来ない。生きている奴だと、皮目が奇麗なチョコレート色に仕上がるが、死んだイカだと白っぽくなってしまう。

 包丁の刃先を上向きにして、足の付け根から耳の方に向かって一気に切り裂く。肝に附いている墨袋は破らない様に慎重に剥ぎ取る。墨が附くと仕上がりが汚くなって価値が半減する。指で肝を耳側から引き起こすように剥がしていく。足の付け根まで剥がれたら一気に抜き取る。この時も、肝の袋を破かない様に注意する。

 足の付け根にも縦に切れ目を入れて開く。カラス、目、脳みそも奇麗に除く。バケツに汲んだ奇麗な海水の中で、身の内側に附いているエラなどの内臓をよく洗い落とす。此れを船上に張り巡らされた紐にぶら下げて天日干しにするのである。

 洗濯挟みがなくても平気だ。足の付け根で丁度折れ曲がるので、そのままぶら下げておくことが出来る。初めは皮目が外側を向くように吊るす。耳の先まで完全に切り裂いておかないと、その部分に水が溜まって乾きが悪くなる。表面が乾いてきたら裏返しにする。

 切り取ったカラスは日当たりの良い場所に、別に並べて干しておく。この部分はイカが最も良く動かす部分だ。コリッとしていて味も濃厚だ。干しあがったものは、さっと炙って酒の肴にする。
 帰りの船上で取り込むのだが、重ねる時は皮と皮が重なるようにする。身は奇麗な白色だから、皮が触れたままだと長い時間おくと色が移ってしまうからだ。

 この生干しは、その晩に食べるのが最高だ。軽く炙って、何も着けずにそのままの味を堪能した方が良い。染み込んだ海水の味は豊潤だ。イカの甘さ、美味さが一層引き立つ。

 1週間分ぐらいは残して、後は首を長くして待っているノンべーにクール便で届けてやる。それが地酒の逸品に化けて出ることもあるからこたえられない。

 この沖干し造りは忙しくて本当はやりたくないというの本音だ。イカ釣りは置き竿というわけにはなかなかいかない。常に竿を上下していなければならない。仕掛けの投入が遅れるとイカはそっぽを向いてしまう。船が移動を繰り返す合間のちょっとした時間を利用するしかない。
 イカを捌いている最中でも、船のエンジン音がスローからバックに変わったら、そのイカを放り出しても釣り座に戻らなければならない。こんなことをしていると釣りに集中できないので、私は沖干し造りはあまりしたくないのである。しかし、食い気に負けてやはり造ってしまうのである。

刺し身
  
イカ刺しは鮮度が身上だ。一晩置いて食べる方が美味いと言う人もいる。しかし、私は(細胞)が生きているイカが最高だと思っている。醗酵して旨み成分のアミノ酸云々は、塩辛や干しスルメの場合だ。イカ刺しの歯ごたえの爽快感と甘さは、ちょうちんが明滅している鮮度の良いイカを調理してこそ味わえる。

 イカは生きている時には心模様で体色を変える。刻々、白くなったり赤くなったりする。釣上げて、ツノから外そうとぐっと握り締めたりすると褐色になるが、これは威嚇している状態だ。この時下手に足の付け根の近くを持ったりすると、体を反転させて指に噛み付いてくる。

 釣れたらすぐにクーラーボックスの中の氷水(海水)で〆る。直接氷水に浸けると色が白くなるので、ビニール袋に入れ密閉してからにする。こうすると、自宅に帰った後も、未だイカの表面の茶褐色の斑点は、呼吸に合わせたかのように縮んだり広がったりする。このイカの表面を軽く指で押してみる。サーと付近の色が変わる。このような状態でないと、イカは鮮度が良いとは言えない。

 イカ刺しを作る時に大事なのは、外の皮だけでなく更にその内側にある薄皮(甘皮)も剥いでやることだ。これが残っていると歯に引っ掛かり食感を損なう。耳と足も刺し身でいける。

 イカ刺しのたれは塩辛くない方が良い。居酒屋で5、6切れ食べるのと違って、釣り人は大皿一杯食べる。市販のそばつゆを薄めて使うといい。薬味にはおろし生姜が合う。このタレに浸けて、うどんやそばを食べるようにつるつるといく。まさにイカ素麺だ。イカ素麺の時はなるだけ細く切ると美味い。

 ムギイカや中型のイカは身が柔らかく甘みもあり、逸品だ。キムチのもとで和えたのも辛党にはたまらない。明太子、タラコ、トビッコ、シシャモッコなどと和えても美味い。

塩辛(1)
  
 足をワタごと抜き取る。付け根に指を差し込むと簡単に外れる。エンペラ(耳)同様だ。付け根に沿って指先でなぞる様にすると剥がれる。完全に切り離さないで、皮目一つで身とつながっている様にする。そして、耳を掴み、足の付け根に向かって一気に皮を引く。そうすると、胴体の皮に縦に切れ目が出来る。そこから身と皮の間に指を入れて皮をはがしていく。

  剥き終わったら包丁で切り下げて身を開く。内側に附いているエラや外套膜などの内臓を取り除く。身の内側にも薄い皮がある。これも歯に触るから爪でつまみ出しながら取り除いておく。次いで、 足から肝を包丁で切り離す。肝の表面に附いている墨袋を破かない様に剥がし取る。足の部分は、まず目の間に切り口を附け、目と脳みそを取り除く。次いで付け根を縦に切り裂き、足を開いた状態にする。足に附いているイボイボは指でしごいて取り除く。エンペラは真ん中に縦に筋を入れ、そこから皮を剥がしていく。

 それらを笊に並べ、上から軽く塩を振る。この塩加減がポイントだ。薄い塩味が、自家製の塩辛の身上だ。くれぐれも、塩の量は少な目にすることだ。追加は後でも出来る。この笊を一晩冷蔵庫の中で寝かせる。

  翌日冷蔵庫から取り出し、刺し身を作る要領で身も足も耳も細かくおろしていく。身と足や耳の部分とはべつべつにしてもいい。それに肝をまぶして、更に冷蔵庫で熟成させる。肝の量を多くするとねっとりとコクのある塩辛が出来上がる。

  3日から1週間ほどで、食べ頃になる。塩が薄いので、醗酵がどんどん進む。直ぐに食べきれない時は、小分けして冷凍庫に保管しておく。1ヶ月ぐらいなら風味は変わらない。
  保管の際に大事なのは、空気と触れさせないことである。空気に曝しておくと、肝の脂分が脂ヤケを起こして風味が落ちてしまうからだ。タッパーウエアや空き瓶に入れて密閉しておく。キムチやコーヒーなど匂いの強いものが入っていた容器は、臭いが移るので使わない様にする。

塩辛(2)

   塩辛(1)のやり方は、お客さん向き。自家用の作り方はこうだ。肝をズボッと抜く。胴体は背骨が入っていない側を縦に切り裂く。身を開き、残った内臓を取り除く。卵や白子が入っていることがある。これは珍味だから捨てないで取っておく。そのままワサビ醤油で食べても美味しいし、塩辛に入れてもいい。

  肝付きの足は、カラスを取り、縦に包丁を入れて開いておく。目と脳みそを取り除くのは、塩辛(1)の場合と同じだ。肝の先には餌袋が附いているが、これがパンパンに膨らんでいることがある。これは取り除いておく。

  後は、開いた身と足を笊の上に並べ、パラパラとたて塩を振り、冷蔵庫に入れて余分な水っ気を取る。丸一日ぐらい経ったら取り出し、身も足も肝も食べ易い大きさにぶつに切りして混ぜ合わせる。 もちろん皮は附いたままだし、スミ袋もそのまま入れる。掻き混ぜるとスミ袋が破けて黒くなる。3、4日これを冷蔵庫に寝かせておくと、能登名物のイカの黒造りに劣らない塩辛が出来上る。

  イカズミは健康に良いとされている。雑菌を押さえる殺菌効果もあるようだ。だから、塩辛が長持ちする。実際、イカズミが入っていると醗酵の進み具合も遅くなるようだ。スミの微粒子が腸壁にへばりついた老廃物を吸着してそのまま排泄されるから、腸内の掃除にもなる。たくさん食べると、翌日は確実に黒いうんこが出る。
  塩辛の旨みは、皮などに附いている微生物の作用によるところが大きい。皮が附いていると見てくれも悪いし、歯に絡み付いて食感も悪い。しかし、味はこちらの方が格段に上だ。野趣もある。


こぼれ話



泡入りヅノの発明

   プラヅノの泡はひょんなことから生み出されたらしい。プラヅノの命は透明度だ。本来なら、内部に気泡が入ると透明度が悪くなるし、強度も低下して好ましくなかった。だから、プラヅノの成形においては、泡は大敵だった。
 ところが、あるロットに、米粒大の気泡がまとまって発生しているのが見つかった。光に透かしてみると、此れが又キラキラと良く光る。「これはいける」某社長のカンが囁いたらしい。

 実釣でも試してみた。予想通り結果は上々だ。此れならセールスポイントにもなりそうだ。イカならぬお客さんの食いつきも期待できる。早速、量産に取り掛かるべく、その時の製造条件を洗い出してみた。ところが、何度やっても泡が入らないのである。

 電気技術者出身の社長が必死に思案した。そして、終に突き止めたのだった。気泡の原因は、プラスチックの原料に混入した水分だったのだ。樹脂の成形では原料の脱水は必須の工程だ。作業者の基本的なミスが、逆に世紀的な発明につながったのである。
 泡を均等に散らすこと、泡の大きさをある程度押さえることなど残された課題もあった。A社長たちは、此れをまさに試行錯誤の連続で解決した。

 A社長は根っからのアイデアマンだった。ツノの周囲に一段高い段差を設けて、そこにカンナをはめ込む貫通孔を開けた。スーッとカンナを差込み、曲げ棒で曲げると簡単にプラヅノが出来てしまう。
 これだと、ツノの周囲に糸を巻いてカンナを固定する職人芸が不要になる。だから生産コストも下がり、安い値段で提供できて、バンバン売れる予定だった。しかし、此れがさっぱり売れないのである。

 社長が技術者上がりで、営業が不得手なこともある。だが、此れにはライバル会社の力ずくの販売戦略があった。プラヅノは、元々このライバル会社の要請を受けて開発したものだった。売れてくると、開発までの苦労を忘れて仲たがいをするのが世の常だ。互いに主導権を主張して譲らない事態に発展し、袂を分かってしまった。

 日本の商習慣は、馴れ合い、もたれ合いが得意技だ。小売店に圧力をかけて、相手はA社長が売れなくしてしまったのである。小売店がそっぽを向けば、いくら良い商品でも客まで届かない。店頭の主要な購買層は、店員に勧められるままハイハイと買う人たちだ。口コミで良いものを買う人は限られてしまう。

 プラヅノも様々なものが売られているが、効果のほどはみな似たり寄ったりだ。釣れる釣れないは、本当のところ誰にも分からない。多分に迷信的なところがあるものだ。老舗の営業マンが、もっともらしい顔をして「このツノは根元が太いから乗らないよ」などともっともらしいことを言うと、みな信じてしまう。

 もったいないので、私が通販で拡販しようとしたことがあった。私も技術者上がりで、営業はからっきし下手だ。それでも、小売店などとも掛け合ってみた。しかし、馬鹿店主の馬鹿話をさようごもっともと聞き流せない性質だから、商談がまとまるわけがない。
 結局、ミイラ取りがミイラになってしまった。物置には、私が一生使っても使い切れないほどの在庫の山が眠っている。魚を釣る前に人を釣る。此れが、この業界の鉄則だそうだが。

業界怨み節

 邪険にされたり、利用されたりと、この釣り具業界には様々な怨みが積もっている。だから、割り引いて呼んでもらいたい。 
 本業の技術コンサルタントの仕事だけだと食えないので、考えた挙げく釣り具の販売を思い立った。趣味が本業になって上手くいくわけがないのだが、はずみだからしょうがない。

 当時、コンサルタントの仕事があって、韓国には毎月通っていた。そこで取り敢えず韓国製の釣竿の輸入販売から手がけることにした。バブルの絶頂期だった。国産の有名メーカーの竿は1本が2、3万円もしていた。それらのメーカーの海外生産の品でも、2万円弱した。海外生産は韓国、台湾が中心だった。

 私は韓国の中小メーカーを3社選び、会社訪問をし、それぞれ見積を取って、最終的には仁川の会社に発注することにした。開発品目は、キス、カワハギ、ハナダイ、マダイ、万能竿の5種類とした。此れだけ揃えば、三浦半島地域の船釣りではすべての魚種に対応できるはずだった。

 その韓国メーカーは、日本の船竿を造るのは始めてだった。開発に着手してから量産まで、一年以上かかってしまった。既にこの時点で勝機を逸していた。他の輸入業者が同じ価格帯の竿を、いち早く日本市場に投入してしまっていた。

 ガイドやリールシートは日本からの持ち込みだった。おりからの釣りブームで、どちらの部品も払底していた。発注してから現地に品物が届くまで3、4ヶ月も要した。セラミックガイドは、日本のある会社が特許を持っていて、世界市場を牛耳っていた。筒型のはめ込み式のリールシートも同様だった。

 同じようなものは韓国でも国産化されていた。しかし、それを日本市場に投入することは、特許の問題があって出来なかった。最も、余りにも品質が悪くて使えそうにもなかったが。
「日本に輸出する品物でも、何割かは韓国製のガイドを混ぜます。全部韓国製だとクレームが附きますが、一部混入しているだけなら文句はきません」と相手方メーカーの社長は韓国製の部品を使うことを勧める。ロゴもダイハ(DAIHA)にしたらと言う。私は思わず吹き出しそうになった。もちろん断ったが、韓国の中小企業らしい発想だった。

 出来上がった品物は、マニュアルどおりに検査はする。しかし、出荷の時点でわざわざ不良落した品物を混ぜてくる。追求すると「本数が足らなかったから」と平然としている。此れが韓国企業の実態だから、完全主義者でいると発狂してしまう。

 発注ロットは、1アイテム100本から対応してくれる。FOB価格は、ガイドとリールシートは別途支給になるが、1本3000千円前後だった。この仕入れ価格だと、日本で1万円以下の小売価格をつけることも可能だ。

 量販店に卸す計画は最初からなかった。彼らも自主ルートは持っていた。営業戦略上付加価値の高い高級品に特化していただけだったからだ。高いものを売りつける。此れが商売の基本だ。私のは企画段階から商売の鉄則を踏み外していた。

 私は通販で始めることにした。釣行記事を書いている釣り新聞には通販のコーナーがあった。まずここに入れてもらうことにした。関係者には竿を謹呈したり、酒のお相手もしなければならなかったが。ここは広告費は必要がないが、売れると数十%は手数料で持っていかれてしまう。

 隔週で出る釣りの週刊誌には自前で広告を打った。この編集スタッフは、編集長以下全員が先の釣り新聞からの飛び出し組みだった。ここは掲載料がバッチリ取られるので、数が出ないから毎月赤字の連続だった。
 結局様々なことがあって、私の釣り具の販売構想も途中で挫折してしまった。趣味は本業にはならないことを身にしみて味わったのである。