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 戦国北条氏のすべて >> 人物 >> 北条幻庵(早雲三男)北条幻庵の子


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北条幻庵幻庵条幻庵宗哲
北条幻庵宗哲/早雲三男/永正初頭(1504〜10年)頃〜天正17年(1589年)頃/幼名・菊寿丸/法名・長綱、幻庵宗哲
幻庵は、早雲の三男として母・栖徳寺殿のもとに永正年間初頭に生まれました。幻庵は初代早雲から5代氏直までの時代を生き抜いた数少ない人物といえます。
出家し長綱を名乗りましたが、それ以後、還俗せずに父・早雲とともに北条の中心人物となり相模中郡と武蔵小机領の領地支配を担当しました。
子供は、三郎、氏信(綱重)、長順と3人位いましたが、永禄3年(1560年)に三郎、12年(1569年)に氏信(綱重)、長順と相次いで亡くなり、12年(1569年)3代氏康の八男・三郎(景虎)を養子としますが、翌年三郎(景虎)は上杉謙信との同盟「越相同盟」成立にとともない養子となり越後へ赴いてしまいます。そのため氏康七男・氏堯に小机城を継がせ、氏信(綱重)の子・氏隆に家督を継がせました。
そして、豊臣秀吉による小田原攻めが迫る天正17年(1589年)頃、亡くなりました。


幻庵の子

条三郎
北条幻庵の長男/〜永禄3年(1561年)
幻庵の長男として小机衆の筆頭となりますが、永禄3年(1561年)若くして早逝しました。

条氏信
北条新三郎氏信/北条幻庵の次男/〜永禄11年(1569年)
小机衆であった兄三郎が永禄3年(1561年)に亡くなり、その後を継いだ氏綱の次男の氏尭も亡くなっってしまったため、氏信がその遺領を継承しました。しかし永禄11年(1569年)討死しました。

条氏隆
北条彦太郎氏隆/北条氏信の長男/〜慶長14年(1600年)
父・氏信が亡くなった後、まだ幼かったため父の跡を継ぎませんでしたが、のちに幻庵の養子となった氏康八男の三郎が上杉謙信の養子となり去った後、幻庵から家督を譲られました。北条滅亡後は氏直に従って高野山に行き、その後出家しました。

条融深
北条箱根少将融深/北条幻庵の三男/〜永禄11年(1569年)
兄・氏信とともに永禄11年(1569年)武田信玄と駿河蒲原城で戦いますが12月6日に落城、討死しました。


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