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 戦国北条氏のすべて>> 城跡(関東の城跡)>> 埼玉県比企郡嵐山町

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城跡

埼玉県比企郡嵐山町

大蔵館跡

名称 大蔵館跡 別称
城郭構造 単郭式方形館 築城年 鎌倉時代か
築城者 不明 主な城主 源義賢
住所 埼玉県比企郡嵐山大蔵
アクセス 東武東上線「嵐山駅」徒歩30分くらい
-

大蔵館は、源為義の次男・源義賢の居館。
しかし源義賢は、久寿2年(1155年)8月16日、源義朝の長男で甥の義平に討たれました。
ちなみに義賢の次男で、当時2歳の駒王丸が、畠山重能に助けられ、斉藤別当実盛により木曾の中原兼遠に預けられ木曾義仲となります。

大蔵館跡

大蔵館跡

大蔵館跡


菅谷城/《埼玉県立歴史資料館》

名称 菅谷城 別称 菅谷館跡
城郭構造 復郭式平城 築城年 鎌倉時代か
築城者 畠山氏 主な城主 畠山氏
住所 埼玉県比企郡嵐山町菅谷
アクセス 東武東上線「嵐山駅」徒歩13分

関越道東松山ICから国道254線小川町方面

菅谷城は鎌倉時代に畠山重忠が居住していました。畠山重忠は坂東八平氏の秩父氏からなる父・畠山重能と三浦義明の娘の母との間に武蔵国畠山に生まれ、平氏に属し活躍しました。ここへは源頼朝の御家人となった後に移り住んできたようです。その後、畠山重忠は42歳で鎌倉北条氏に誅殺されました。
その後の菅谷館跡に、誰がいたかということはわかっていないようですが、戦国時代には後北条氏の手が及んでいたと考えられ、松山城の支城であったと思われます。(北条が入る前に廃城した説もあるようです)
都幾川と槻川の合流地点を臨む台地上に立つ、復郭式平城で、総面積13万平方メートルに及び、本郭やニノ郭や三ノ郭や空堀、土塁などその姿をほぼ完璧に残しています。木橋が復元されている他は、建物等なにもありませんが、城の様子がしっかりと残っています。

【埼玉県立歴史資料館】
併設されている資料館ですが、50円という安さながら、結構充実しています。畠山重忠についてや、近隣の城、地元比企の歴史などが展示されています。
開館時間■9:00〜16:30 休館日■月曜日、祝日の翌日/年末年始 入館料■大人50円/子供30円

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城
菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

菅谷城

杉山城
-

名称 杉山城 別称
城郭構造 山城 築城年 永禄年間
築城者 不明 主な城主 杉山庄主水か
住所 埼玉県比企郡嵐山杉山
アクセス 東武東上線「嵐山駅」徒歩40分くらい

関越自動車道「東松山IC

永禄年間に築城された山城。詳しいことはわかっていないようですが、松山城主・上田氏の家臣・杉山庄主水の居城であったと考えられます。北に越畑城・高見城、南に鎌倉街道を見下ろし、遠方に小倉山城を臨むという絶好の立地で、松山城と鉢形城を連絡する軍事上の重要拠点であったといえます。
山城であるゆえ、行くのは大変です。しかも分かり難い…。中学校と積善寺の間を入って行くと、登って行くことができます。今現在は発掘と木々の伐採が進んでいます。発掘を終えた後、整備される予定だそうです。

杉山城

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