後に革命とよばれる戦いの、その裏で。



 じっとりと、汗が肌を伝っていく。
 乱れる呼吸を整えようと一度大きく深呼吸しようとして、逆にむせた。
 そんなに緊張するようなことでもない。
 もう、幾度繰り返したかすら、正確にはわからないのだから。



 街は混乱に満ちていた。
 国、というべきなのかもしれない。
 それでも、この街以外の戦況は末端の自分にはよくわからない。
 とりあえず、今日も王の手勢をやり過ごしたことだけは確かだった。
 そして、それは王の重要な手駒を一つ減らすことに成功したという事を意味する。

 この街は美しいね、とかつて父は言った。
 長い長い時と、私達の祖先が作り上げてきた街だよ。
 そういって手を引かれた街並みと、同じ場所を走っているはずなのに、目に入る光景にその面影はほとんどない。
 煉瓦が敷き詰められた道は、至る所にバリケードが築かれていた。
 増設を重ねて入り組んだ市街地は其のまま一つの要塞となる。
 壊され、築かれ、壊され、また築かれ。
 建物は砲弾に傷つけられ、戦いの爪痕を示し、腐臭に顔をしかめればそう遠くない場所に王党派兵士の死体が、片付けられないまま転がっていた。
 戦いに倒れた、あるいは飢えに耐えかね死亡した市民は、仲間の手によって埋葬されるだけましかもしれない。
 その光景を 美しいか? と尋ねられれば、十人中九人が首を振るだろう。

――美しいさ。この街は僕らの屍の上に成り立っているのだから、美しくないはずがない。――

 それでも、一人。そう答えるであろう例外を、知らないわけではない。
 夢見がちな司令官のことを思い出すと、哂いがこぼれた。
 司令室にこもるあの病弱な男は、ここを知らない。
 報告をしにいく自分に触れることを嫌がるあの男は、戦場を知らないのだ。
「……だから、どうというわけでもない。」
 こぼれた独り言は、誰に届くでもなく路地裏に消えた。



 作戦はここのところ、ずっと成功していた。
 バリケードを築き、王の兵士達の足止めをするのは大人の役目だ。
 家々の窓から家具を兵士に向かい投げ付ける。
 混乱した空気の中、降り注ぐ生活品に兵士が足並みを乱し始めた――その瞬間に生まれる隙。
 物陰から、小さな躯を活かして忍び寄りるのが、自分の役目。

 手放された手綱。何処かへと走り去って行く馬。そうして足元には転がる編隊長。
 漏れるようなうめき声が部下に届く頃には、すでに自分はいない。
 手の中には鮮やかな色に染まった懐中刀。
 何時までたっても馴れる事の無い、ぬるぬるとした気持ちの悪い感触。
 指揮系統を乱された兵士達は市民に蹂躙される。
 ――喚声。喚声、歓声……?

 作戦の成功は二度目の作戦を呼んだ。
 そのあと、何度も何度も繰り返した。

 ―― それで、あの狂った王を殺せるのなら ――

 この作戦を初めて提示されたあの日。
 できるかと尋ねられ、そう答えたのは紛れも無く自分だ。

 父とともに歩いたあの頃、ルドヴィクスの幼賢王と称えられていたカイザー・シャールナは狂ってしまった。
 狂い、妻を殺し、街を壊し、民を虐殺し、諸国の革命の余波に後押しされた議会から王の資格なしと認定された。
 本当は王の資格など、どうだっていいと思う。
 司令官が恍惚とした表情で語る、革命の思想も、世界はかくあるべきだという理想も、まったく興味が無い。
 だが反体制として処分された両親の、断頭台に立つ姿を忘れたことなど無い。
 憎しみも、また同様に。

 だから、もうとっくに慣れた。

 肌に張り付くシャツの感触も。
 ねっとりとした返り血を隠すジャケットの重みも。
 上がる呼吸に、小さく震える手も。
 肉を切るあの衝動も。  幾度と無く繰り返した。
 何度繰り返したのかわからないくらい繰り返した。

―― それで、あの狂った王を殺せるのなら ――

 後悔はしていない。
 これからもこの戦いが終わるまで、数え切れないくらい繰り返されるのだ。

「……だから、どうというわけでもない。」
 それなのに。

 もう、とっくに慣れたはずなのに。

 何回この行為を繰り返したのか。
 本当は、ちゃんとわかっている自分がいる。
  

【1838年7月、ルドヴィクス公国市街地にて】







八年革命:(教暦1838年〜1845年)

帝国領ルドヴィクス公国における八年間に及ぶ革命運動の総称。
38年1月に国王カイザー・シャールナの議会解散に対し市民が蜂起したことにより始まり、46年1月に終結。公国は共和国となり帝国からの独立を果たした。
しかし近年では、市民革命としての色が強い第一期(王党派の打倒まで)と、ブルジョワジーの利権が体制を変化させた側面を持つ第二期(独立)に分けて第一期を三年革命、第二期をルドヴィクス独立戦争と称するべきであるという意見もある。

近代化の波の中ルドヴィクス共和国はまた別の大国により解体・吸収された為、現在の地図にルドヴィクスの名は残っていない。