歪んだ話。
童話になり損ねた、歪んだ少女の物語。
| たぁん、と空に響く音がした。 低い天井、薄暗い室内、ぬるりとした感触。 横には、死体。 もう大丈夫だよ、と云う声。窓の外の空は青かった。 緑の木々、硝煙の匂い、赤い視界。 もう大丈夫だよ、と大人が繰り返すその言葉を私は黙って聞いていた。あの日起きたことを、誰も私に尋ねない。だから私も答えない。ただ黙って、かぁさまが頭を撫でるその手に瞳を閉じる。 誰も何も云わないから。私も何も尋ねない。 とても聞きたいことがあるのだけれど。口を開こうとすると、ぎこちない表情で、無理やり作った笑顔で「きっと疲れているのだ、今はゆっくり休むといい」とベットに寝かされ、ブランケットを頚元まで掛けられるので、やっぱり私は何も云わずに瞳を閉じる。 夢は見ない。まぶたの裏に浮かぶ光景は夢ではない。 あの感覚は夢ではなかったはずだから、それらすべてを思い出そうとして、私は閉じた目蓋の上にそっと手の平を重ねる。皮膚を透けて見える光がそっと消えて、かわりにしっとりとした天鷲絨のような暗い世界が訪れる。 そうすると、ふと躯の奥底から感触がよみがえるような気がする。あの日の天気、あの日の気温。森の小道、茂る木が落とした影。日差しが目にちらついて、頭巾を目元まで引っ張った。 覚えているものがいくつかある。思い出そうとすると、あの時の感覚が次々引きずり出されてきて、私はちょっと震える。 何よりも、深く、深く覚えているのは、私に触れた手が持っていた熱。 頤を持ち上げて、薄気味悪く細く歪んだ瞳に私が映った時の陶酔感。べろりと頬をなめ上げられて、背中の芯が泡立った。 「私のこと、食べるの?」 もう一度、あの時尋ねた言葉を口にして、そしてうっとりと微笑む。 取って置きの、お楽しみはあとに残しておく主義だと囁かれて、私は狼に恋をした。 私を食べ損ねた狼。 狼はいま何処にいるのか私は知らない。何処にいるのか、誰かに尋ねることも出来ない。恋した相手にあえなくて、私の中にはぽっかりとあいた感覚だけがある。それは空腹に似ている。欲しくて仕方ない、あの感覚だ。 だから、私は狼に会いにいく。 寝台から抜け出して、頭巾をかぶる。森の中で目立つ、真っ赤な頭巾。緑の中で目に痛いくらいに目立つ私のトレードマーク。かぁさまを裏切って、大人の差し伸べる手を拒否して、私は真っ直ぐに狼のと出合った森へ向かってかけてゆく。恋をしたんだから、仕方がないじゃない。 だって、他には何も欲しいと思わないの。 食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べたくて食べたくて食べたくて食べたくて食べて欲しくて。 私は森にかけてゆく。 FIN |